10・299~468 トロイアの密偵ドローン

307:hoi t’ autw kudos aroitoは挿入句である(Willcock、Leafの注釈参照)。動詞tlaieeは挿入句をまたいで308行の二つのアオリスト不定法をとる。

322:Willcockの注釈によると、行頭ee menは誓約を開始する決まり文句。

366:feugown es neeas「船の方へと逃げる彼(ドローン)は」、ディオメーデースたちはドローンを船の方へ追い立て、それをアテーナーが他のアカイア人に手柄とさせないようディオメーデースに加担した。

375:bambainown(「吃る、震える」の現在分詞)は、ここだけの語で岩波文庫 松平訳では「何やら呟く」としている。オノマトペーらしい。

377:heirownが複数である。手は二つある物なので複数、あるいは動詞apsastheenが双数なので二人に両手を掴まれたとも解釈できる。

437:leukoteroi、homoioiともに感嘆の主格である。(Leafの注釈参照)

450:eisthaはeimiの現在形だが、この動詞は現在形で未来の意味を表す。「お前はやって来るであろう」。またこの動詞は次行に二つの分詞diopteusoonとporemixoonを目的の分詞「~するために」としてとる。特に「行く・来る」という動詞は分詞を目的にとる。

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10・180~298 深夜の作戦会議

194:アカイア軍のトップたちは自分たちのキャンプの外へ出る。外はまだ数多くの死体がそのままになっていて、囲いの傍とはいえ、日が暮れるまではそこまで敵が来ていた戦場である。なぜそんな場所に軍の主要メンバーが来たのか。ピエロンの注釈では、他の兵士たちに気づかれないよう、心配させないようにそっとキャンプを出たとある。

199:diefaineto「~から現れる」、ヘクトールに倒された多くの死体が平原を覆っていたが、その場所だけは死体が除けられ、見えて現れていた。

220:kradiee「心臓」とthumos「心」と主語が二つあるが、動詞otruneiは単数である。二つの主語は一つと見なされている。

224:sun te duo erchomenow「二人一緒に行けば」、pro ho tou enoeesen「一人がもう一人より先に気づく」。touは比較の属格「彼よりも(先に)」。Enoeesenは格言のアオリスト(Willcockの注釈より)。

226:hoiは人称代名詞三人称単数与格。所格的な与格としてnoos「考え」とmeetis「案」の所有を意味する。(「彼の考え」「彼の案」)

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10・1~179 アカイア軍深夜の招集

7:chiown「雪」、単数対格は本来chionaとなろうかと思うが、どうみても主格にしか見えない。しかし意味的には対格である。

8:ptolemoiostoma(巨大な顎)は「最前線」を意味する。(Leafの注釈参照)

15:頭髪を引き抜く行為はこの時代、悲しみを表現する。

27:poulun「広い」は中性対格の形だが女性形ugreen「海の」(形容詞女性単数対格)にかかる。(Cunliffeの辞書参照)

34:2書587行に、メネラーオスは兄のアガメムノーンの部隊から離れたところで陣を構えたとある。

67:代名詞ee(女性単数対格)は場所を意味しているようだ(Willcock参照)。gaiaからくる女性形と思われる。

173:epi xurou histatai akmees「剃刀の刃の上に」はホメーロスらしい巧妙で洗練された表現である。Leafの注釈にもあるが、薄い刃の上でバランスを保つ危うさの比喩。

174:名詞olethorosと不定法biownaiの並列は、後に不定法が名詞として使われるようになった例である(Leafの注釈参照)

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10・469~579 トラーキア軍襲撃作戦

524:動詞theeeunto(「凝視する」の未完了)は複数である。主語はヒッポコオーンではない。「トロイア兵たち」である。

531:女性単数与格指示代名詞 theei は場所を差す。アカイアの船々がある場所を所格たる与格で示している。またLeafの注釈では、この行は11書520行から流用されているとのこと。(10書は新しい時代に造られたと見なされている)

540:名詞eposは主格主語である。

547:分詞eoikotes(「~に似た」の現在完了分詞男性複数主格)は二頭の馬を指す。Willcockの注釈では間投詞的な主格であるが無理があるので前行sfoweに合わせて対格ととる、とある。しかし、547行に動詞eisi「~である」が省略されていると理解すれば感嘆の主格で解釈可能である。

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5・241~310 アイネイアース倒れる

253:254行目行頭の二語oude kataptwsseinから、否定辞が不定法にかかっているように見えるので、では253行のouもmachesthaiを否定しているのかと思ったが、LeafThomas D. Seymourの注釈や、各邦訳のニュアンスなどを見ると、どうもこの二つの否定辞はともにgennaionにかかっているようである。「こそこそ隠れて戦うことは、私にとって一族の特徴にはあらず、また尻込みすることもそうではないのだから」

300:ここと同じくprosthe de hoiで始まる箇所が315行にもある。hoiは人称代名詞三人称男性単数与格で、利益の与格としてどちらも「彼のために」と訳すものだが、300行ではパンダロス、315行ではアイネイアースを指す。(Walter Leaf、Allen Rogers Benner、Thomas D. Seymourの注釈参照)

304:各邦訳からすると、minは石のことを指して「それを」と言っている。

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5・166~240 アイネイアースとパンダロス

174:神へ両手を挙げるのは”祈り”の決まったポーズである。弓はこの時代はあまり正確でなかったため、神に祈ったようだ(Kirkの注釈書(Cambridge Univ)、Thomas D. Seymourの注釈参照)。

177:この文には条件節前文のみで、帰結節はない。(Cunliffeの辞書による)

192:「私が乗ることのできる馬や戦車はないのだ」 ke+希求法で可能性を表す(Thomas D. Seymourの注釈参照)。代名詞twnは、部分属格としてepibaieenがとる。

202:人称代名詞moi(一人称単数与格)は、「私のために、私にとって」という利害を表す与格の意味から、「どうか~下さい、どうぞ~」のようにも訳される。(「ギリシア語文法」田中美知太郎,松平千秋 (著)参照 )

203:andrwn eilomenwn は独立属格「人々が閉じ込められる時」(Willcockの注釈による)。パンダロスはイーリオスが包囲攻撃に遭い、籠城する予想をしている(Thomas D. Seymourの注釈参照)。

222:pedioioは所格としての属格というよりも、epistamenoi(技を心得る)の部分属格として解釈されるほうが望ましい。「平原における技量を心得る(トロースの馬)」(Thomas D. Seymourの注釈参照)

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5・84~165 矢を受けたディオメーデース戦線復帰

89:行頭のtonは、前行の関係代名詞hosで説明される87行目のeoikows(河に似た男=ディオメーデース)を指す。91行目のelthontaも同様である。

101:行頭towiは接続詞「それゆえ、従って」、towi d’ epiで「それ故に、その上に」となる。(Thomas D. Seymourの注釈による)

114:神への祈りの基本的な形式。(1書39行を参照)

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5・1~83 アカイア軍優勢

5:enaligkion(~に似ている)は、ディオメーデースのことである。「(ディオメーデースは)晩夏の星に似ていた」hos以下でさらにどのように彼が似ていたのか説明がなされる。

6:「とりわけオーケアノスに浸りつつ輝いて光っているように、彼は晩夏の星に似ていた」大くま座以外の星は、世界の果てオーケアノスの海から上ると思われていた(1書423行および18書487行参照)。

32:ouk an dee~で「~できないだろうか・~できないのか」など、要求や命令を表す。「トロイア軍とアカイア軍を戦うように放っておかない?」 3書52行目においてはヘクトールがパリスに「お前はメネラーオスを待ち受けないのか?」と、どちらも否定辞oukが使われているが、ギリシア語では割と良く、否定辞を強い肯定の意味として使う。従って「放っておいたらどうか?」「待ち受けたらどうなんだ?」と言いたいわけである。

63:archekakous「災いの始まりとなる」は船の形容詞である。その船でパリスはラケダイモーンへ行き、ヘレネー王妃を連れ帰った。

64:hoi te autoi「彼自身にとっても」はペレクロスを指す。(Thomas D. Seymourの注釈参照)

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4・422~544 両軍激突

452:heimarroi potamoi(雪解けの二つの河)として、両軍の衝突を、激流がぶつかり合うのになぞらえている。

465:hup’ek beleoon「浴びせかけられるたくさんの矢の下から(離れて)」(Thomas D. Seymourの注釈参照

482:シモエイシオスが倒れる様子を、川辺に横たえられたポプラに例えた描写が487行にまで及ぶ。474行以降において語られた、彼の川岸で生まれたことにちなんでいる。(Willcockの注釈参照)

527:現在完了分詞男性単数対格apessumenon(素早く去る)はペイロオスのことだが、トアースが逃げる彼の背中ではなく胸に槍を打ち込んでいる。Willcock、Thomas D. Seymourの注釈いづれも、ペイロオスは向きを変えることなく後ずさって逃げた、と解している。

536:522行・524行のho de、526行・527行のton deで対に述べられたペイロオスとディオーレースは、ここで双数主格towとなる。

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4・327~421 アガメムノーンの閲兵(メネステウス・オデュッセウス・ディオメーデース)

353:ここのtoiは人称代名詞二人称単数与格である。「それらの事柄が、”あなたに”心配させるのなら(=それらの事柄が、あなたを心配させるのなら)」

368:アガメムノーンは350行以降でオデュッセウスにしたと同様、ディオメーデースにも非難することによって戦への奮起を促そうとする。非難された者らの怒りを引き出し、そのエネルギーを戦へ向かわせる狙いである。アガメムノーンの非難に、激しく反論するオデュッセウスと、一切反論しないディオメーデース。特にこの二人の英雄の対照的な応答が興味深い。タイプの違う両名は、10書で絶妙のコンビを組み、活躍する。

380:行頭のhoiは、「ミュケーナイの人々」を指す。但し、当時の王はアガメムノーンの先代テュエステースである。アガメムノーンは374行で言った通り、テューデウスに会っていない。(Thomas D. Seymourの注釈による)

381:ゼウスがもたらしたというparaisia seemata(悪い兆し)について、Thomas D. Seymourの注釈では「恐らく左方向で稲光が起きた」としている。左側に顕れる徴は縁起が悪い。

384:ここでテューデウス一行のことを、ミュケーナイ王アガメムノーンが、「アカイオイ」と呼んでいる。テューデウスらはアルゴスから来たはずで、ミュケーナイにとってアルゴス軍は「アカイオイ」たるものか。

401:
アガメムノーン王の非難に対して、ディオメーデースは、ここでは一言も返さないが、9書34行で今度はアガメムノーンが戦意喪失した時、彼を励ますためにこの時の非難のことを彼に思い出させる。

407:
ここのagagonth’は、アオリスト分詞男性双数主格agagont(th)eである。ステネロスは自分とディオメーデースのことを双数で言っている。(Thomas D. Seymourの注釈参照)

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