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1・223~246 幕僚会議(8)負けじと悪口雑言

225:アキレウスは剣を抜くのを止めた代わりに、アガメムノーンに対し悪口を並べ立てる。それらがただの根も葉もない中傷か、いくらかでも事実を含んでいるものか、以前の彼らの戦いぶりは不明なので何とも言えないが、アキレウスの活躍によりこれまではアカイア軍の陣から遠く離れたイーリオスの城壁近くでいつも戦っていたらしいので、もしかしてアガメムノーンも以前は少しサボり気味だったのかもしれない。だからといってアガメムノーンが臆病であるとは思えない。イーリアス中でも彼が勇猛さを見せて敵将を何人も討ち取る箇所がある。アキレウスの言葉は、怒りのため多分に悪意ある暴言である可能性が強い。

228:thumowi(心で)は、tetlekas(敢えて~する)という感情が発生する体内の場所を示している。この頃のギリシア人は、感極まると熱くなったり、悲しむと痛くなったりする胸の奥にあるthumos(心)を、心臓を取り巻く臓器と考えている。

231:アキレウスはアガメムノーンを「がつがつした下品な家畜のような王よ」と呼び、それは「役に立たない者たちを支配しているせいだ」と言った。愚民たちがこれまで王にこんな横暴な行為を成功させ、助長してきたという。(Kirk(Cambridge Univ)の注釈による)

233:アキレウスは手にしたskeptron(笏杖)に誓う。skeptron(笏杖)の役割は、神に王位を定められた者の徴であり、これを携えて発言する者に掟を守る役目を課す。アキレウスは何を誓ったのか。笏杖とするために切り株から切り出した話などが挟まってわかりづらいが、要するに「切り株から切り離された笏杖は二度と葉を生やさないだろう、それとと同じくらい、いずれアカイア軍が自分の働きを認めて欲し、アガメムノーンの後悔する日が来るのが必然であろう」と、誓いというか予言に近いものである。

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1・188~222 幕僚会議(7)女神アテーナー出現

188:やはり高い地位権力を振りかざすアガメムノーン相手では、抵抗するにも限界があった。このような場合、人は従うか逆らうかという究極の選択に迫られる。特にアキレウスはアカイア軍中でもかなり若い年齢であり、怒りを抑えがたかったであろう。その激しい憤りのうちで思い悩むさまが克明に描かれている。人々を扇動してアガメムノーンを殺してしまうかどうかと悩むのは性急な気もするが、これほどの権力者に歯向かう場合、中途半端なことでは済まされないのであろう。それにしても「人々を扇動する」とは自分ひとりが非難を浴びないようにとの考えからか、それともこの場で自分に賛同する人間がいるかどうか確かめたかったのか。
anasteeseienを「扇動する」と読み違えてましたので訂正します。「(人々を)立たせようとする」であり、アキレウスはその場の人たちを立たせて追い払い、一人、アガメムノーンに襲いかかろうと考えたのでした。

193:どうするか考え悩んでいるその間中、剣を鞘から抜きかけている。動詞elketo(抜く)が未完了過去である。詩人は、アキレウスの心の葛藤を巧みに動作で表現してみせた。彼の心がアガメムノーンに歯向かう方向に動いているわけではないと思われる。

195:アキレウスの衝動を止めるため、ヘーレーの使いでアテーナーがやって来た。この二人の女神はかなり仲が良いらしく、同じ意向をもち、ヘーレーが求めるとアテーナーは異存なく即座にそれを実行する。おそらくイーリアスよりは後世の作であろうパリスの審判で、勝者のアプロディーテーがけしかけてこの戦争となり、それを恨んだ二神がアカイア軍に加担しているという筋書きは、これにつじつまが合う。

197:アテーナーはアキレウスのすぐ後ろに出現し、彼の髪を掴んで注意を惹いた。アカイア人は「髪を長く垂らした」という形容詞もあるので長髪であったろうが、23書141行にあるように、アキレウスは無事帰郷の願をかけて長く伸ばしていた。

200:アテーナーは恐ろしげに光る瞳を持っている。頭を使う戦略の女神である彼女を象徴するのがフクロウであり、そこからもフクロウが知恵の神と同一視されるようになったといわれている。この恐ろしく光る瞳の出現はアキレウスに大きな驚きを与え、彼の毒気を抜いて、易々と彼を懐柔させた。

201:pteroenta(翼のある)はepea(言葉)の形容詞として、随所に使われる。言葉は口から発せられ、耳に届く。目には見えないが、言葉によって人は人と心を通じ合わせ、人を動かすからなんだそうだ。そんな言葉にギリシア人は不思議な力を感じる。

204:この行で語られた「アガメムノーンはその傲慢により近々命を落とすだろう」というアキレウスの言葉は、仮定法の形をとった警告であると注釈にあった。

213「三倍もの多くの立派な贈り物が寄越されるであろう」。実際19書で送られた品々がブリーセーイスの三倍の価値であったかは不明だが、倍ではなく三倍であるところに<とても沢山>だという価値観があるようだ。今後も「3」という数字に注目しよう。

220:oude apithese(応じないことは無く)、つまり素直に応じたということである。アキレウスは女神アテーナーの言葉に従い、抜きかけた剣を鞘に収めた。

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1・148~187 幕僚会議(6)泥沼化する遣り取り

148:アキレウスはそれまでの自分の働きからも、人並み(或いはそれ以上)に扱われて当然と思っていただけに、アガメムノーンの侮辱的言葉に怒りだした。アガメムノーンのみならず、アキレウスにとっても名誉が傷つけられるということは社会的地位のかかった重大な事柄である。「あんたなんかに誰が従うというのか?」とは彼がアガメムノーンの売り言葉を買ってしまった瞬間だ。

152:そも、アキレウスはトロイア方に恨みや復讐心があって、戦をしに来たのではない。遠征軍の目的は、メネラーオスの妻ヘレネーを連れ戻すことであり、アキレウスがそれに参加したのは、多分に功名心のためであろう。それだけにここへ来て報われず全てが徒労になるのであれば、即ち彼にとって無意味なことであるばかりか、メネラーオス・アガメムノーンの兄弟にとって好都合なだけである。

163:いよいよアキレウスのアガメムノーンに対するこれまでの不満が露になってきた。「かつてあんたによって等しい価値の褒美をもらったことは無かった」「いつも戦いの多くを引き受けてきたのは私の手なのに、あんたの方がずっと沢山褒美を持ち帰った」「私は疲れ果てつつ、わずかな褒美を大事に持ち帰っているのに、その褒美を奪い取ると脅した」と、こんなところだろうか。これはアキレウスが以前から不満に思っていたことのようだ。だが今までは、それなりにアガメムノーンに敬意を払っていたため我慢していたのだろうが、彼をkyunowpa(恥知らずな奴よ)と毒づいてからは溜まった不満を吐き出すようになる。

169:アキレウスは遂に故郷へ帰った方がましだとまで言い出した。これは数日経っても結局実行されることはなかった。アキレウスにとってこの脅しは、自己の評価を周囲に問う、最後の手段であった。

172:アガメムノーンも勝手に逃げて行けとアキレウスを突き放し、口論は泥沼化する。アガメムノーンはアキレウスのことを以下のように指摘している。「ゼウスが決めた王のうちでお前は最も憎たらしいものだ(自分の地位もゼウスが決めている。その自分に敬意を払っていない。そういう者は最も憎まれるのだ)」「お前にとっていつでも戦いや戦争だの争いは好ましいものである」「強くてもその強さは神が与えたものだ」特に最後の言葉はアキレウス自身の実力を否認しているようにも聞こえるが、これは当時のギリシア人たちの一般的宗教的な考え方のようである。ともかくも、アキレウスとアガメムノーンの確執は完全にこじれてしまった。

179:止めとばかりにアガメムノーンはアキレウスに、自分がどれほど優っているか周囲に知らしめるためにもブリーセーイスを奪い取ることを宣告する。もうこうなると人間関係は最悪である。アガメムノーンのアキレウスにとる態度は高圧的で、即ち91行目のアキレウスが語った、彼の評の裏づけともいえる。

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1・130~147 幕僚会議(5)初めに喧嘩を売ったのは

133:しょっぱなから穏やかでない言葉だが、この行でアガメムノーンはアキレウスに完全に難癖をつける。klepte(誑かす)だのpareleuseai(騙す)だのとアキレウスにとって屈辱的な言葉が並ぶ。

135:アガメムノーンは自分の要求を明らかにする。自分の納得いく褒美をよこすか、よこさなければお前のものでも誰のでも自ら出向いて行って取ってくるぞ、と。恐らくこれはただの脅しであり、実際総大将自らの手で行われはしなかったが、脅しであっても言われた方の精神的(体面や名誉への)ダメージは大きいと思われる。アキレウス以外の者の名前を挙げることで、列席する指揮官たちも牽制している。

140:自分への代替の褒美の件はともかくとして、クリューセーイスを返還することは決定したので、それに対する指示を出している。アガメムノーンはこれ以上アキレウスが自分に逆らうなど考えていなかったと見える。次にアキレウスが言い返さなければ、このまま直ぐに返還の段取りが進められたのであろう。アガメムノーンがアキレウスを軍中一の勇士であることより、脅しつけておけば十分の、若年の一兵士くらいにしか思ってないのがわかる。

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1・121~129 幕僚会議(4)アキレウス妥協案を提示

122:正当な要求とはいえ、それを叶えてやるのは難しい状況であった。アキレウスのアガメムノーンに対する返答は、誉れも高く最も貪欲な者よという呼びかけとともに、まずはpows gar(どうしてできようか)というものであった。謂わばこの発言がカルカースを弁護したことになり、アガメムノーンの怒りの矛先をアキレウスに集中させた。しかしアキレウスはこの時、あくまで仲裁に入っているだけであり、言葉遣いも「最も貪欲な者よ(philokteanowtate)」が誹謗に当たるわけではなく、「誉れの高き者よ(kudiste)」と同等の敬意を払った呼びかけとみるらしく、それからすればアキレウスの言葉は十分礼節を持って王と接しているといえる。

124:アキレウスが「pows gar(どうしてできようか)」と言った理由を述べている。「略奪品は全て分配済みで、それをまた皆から集め直すのは適切ではない」とは、非常に状況を掴んだご意見だ。誰しも(アキレウスも)客観的な立場であればこのように分析できる。

127:娘を返すよう促す一方、アキレウスはトロイア落城の折には3~4倍にして埋め合わせようと、アガメムノーンに提案する。可能な限り最大の妥協案である。

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