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1・431~487 クリューセーイスの返還

450:447行以降、神への犠牲を捧げる儀式の次第が詳細に記述されているが、クリューセースが祈る際に手を上げる(cheiras anaschown)のは、351行のアキレウスがテティスのいる海に向かって手を差し伸べるのと同様、祈りを捧げるアポローン神が居る方向、つまりは天に向かって手を上げているわけである。

461:「二重の脂身でもって腿肉を挟み、それ自体の上に生肉を置いた」とは、脂身で包んだ物が何であるか判るように、腿肉の肉片を載せている。

464:467行で一同は食事をするが、その前にこの行で儀式として一口ずつ全員で臓物を口にした。

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1・352~430 アキレウスの訴え

352:女神から生まれたがアキレウスは寿命のある「人間」である。けれども女神から生まれた以上、ただの人間ではない。人間のうちでは抜きん出た体力を授かったアキレウスをはじめとする半神たちは、人間の社会においては優に名誉を得る立場にある。ましてやアキレウスは9書410行に語られる如く、この戦争に参加すれば、討ち死の運命と引き換えに不滅の名誉を授かることになっている。

355:アキレウスはブリーセーイスが連れて行かれた直後、涙を流してはいるものの、ここで語られるその理由は恥を受けたことに対する怒りが中心である。彼の怒りの原因としてイーリアス内では「ブリーセーイスの故に」と繰り返し歌われるが、彼女が「奪われた」とは「侮辱を受けた」という意味である。アキレウスがブリーセーイスに固執したのは自分の対面のためで、真に大切に思っている親友パトロクロスの存在と彼女とは比べようもない。ブリーセーイスはアキレウスにとってどんな上等な価値であっても、褒美の身分を出ることはできなかった。

359:テティス神は海から靄の如くに現れた。神が地上に現れるとき、人間の誰かの姿や7書58行目のように鳥など、何某かの形をとることが多い。第1書194行目ではアテーナーはアキレウスにだけ姿を見せ、周囲の人々には気づかせなかった。神々はその実体を滅多に人に示さない。

393:アテーナーにより償いとして三倍もの褒美を約束された(213行)アキレウスだったが、彼の望みはあくまでアガメムノーンに自分にした仕打ちを後悔させることにある。それで彼は思い通りの状況を作り出すべく、ゼウスの力を借りるよう母テティス神に依頼する。テティスがそれを為せるだけのどんな貸しがあるかの説明文が挟まるため、具体的な依頼内容は408行以降になる。テティス神は他にヘーパイストスにも貸しがあり(18書394行参照)、これらのコネを息子のために大いに使う。

402:百腕の巨人(ヘカトンケイル)は、海の岸を噛む浪の擬人化(呉茂一訳注釈参照)といわれるところから、同じ海の一族であるテティスが使役した。神と人間とで彼の呼び名が違っているが、神と人間は必ずしも同じ言葉を話すものではないらしい。Kirk(Cambridge Univ)の注釈では、イーリアス内で他に2書813行、14書290行、20書74行に、神と人間とのそれぞれの呼び名が違う記載のあることを紹介している。

404:この行にあるaute(今度は反対に)に関して、アイガイオーンの父であるポセイドーンが、399行でゼウスを縛り上げて負かしたが、”今度は”その父をアイガイオーンが力で凌いでいると、そのような意味で使われていると各注釈にある(LeafAllen Rogers BennerThomas D. Seymourの注釈参照)。ヘシオドスによればヘカトンケイルの父はウーラノスであるとなっているが、それは別人のことらしい。

408:アキレウスが望む状況とは、「アカイア人らが敗走し殺されていき報いを受け、アガメムノーンが自分の愚かさに気づくように」であるが、全ては自分の名誉を回復するため、多くの人々が報いを受ける必要があると考えている。何とも非情な手段だが言い換えれば、自分の戦力はそれだけの被害を防ぐものであると人々に認めさせたいわけなのだろう。

416:アキレウスが短命である話がここに出た。彼の運命に関する詳細は9書410行にある。

423:オーケアノスといえばこの時代の世界観からすると、世界全体を取り巻く巨大な川(或いは大洋)で、そこが世界の果てである。そこにアイティオプス人の国があると考えられていた。エチオピアのこと。ゼウス他、神々が出掛けるくらいだから、敬虔な民族であろう。

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