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2・786~815 トロイエー方全軍の集結

787:アカイア軍勢が戦闘準備に入ったことを、イーリスはゼウスの元から、憂慮すべき知らせとしてトロイア方にもたらした。

794:ここのnaufin(”船”の複数与格)は場所の与格であるが、奪格としての属格の意味を持つ。「アカイア人たちが船々(のある場所)から(離れて)出撃するのがいつかと待ち受けて」

813:トロイア方が集結した丘の名前が、人間と神とでは違っている。人間たちはbatieia「棘(茨の意)の丘」と呼び、神々は「アマゾネスの一人ミュリーネーの墓」と呼ぶ。1書402行目参照。

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