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5・166~240 アイネイアースとパンダロス

174:神へ両手を挙げるのは”祈り”の決まったポーズである。弓はこの時代はあまり正確でなかったため、神に祈ったようだ(Kirkの注釈書(Cambridge Univ)、Thomas D. Seymourの注釈参照)。

177:この文には条件節前文のみで、帰結節はない。(Cunliffeの辞書による)

192:「私が乗ることのできる馬や戦車はないのだ」 ke+希求法で可能性を表す(Thomas D. Seymourの注釈参照)。代名詞twnは、部分属格としてepibaieenがとる。

202:人称代名詞moi(一人称単数与格)は、「私のために、私にとって」という利害を表す与格の意味から、「どうか~下さい、どうぞ~」のようにも訳される。(「ギリシア語文法」田中美知太郎,松平千秋 (著)参照 )

203:andrwn eilomenwn は独立属格「人々が閉じ込められる時」(Willcockの注釈による)。パンダロスはイーリオスが包囲攻撃に遭い、籠城する予想をしている(Thomas D. Seymourの注釈参照)。

222:pedioioは所格としての属格というよりも、epistamenoi(技を心得る)の部分属格として解釈されるほうが望ましい。「平原における技量を心得る(トロースの馬)」(Thomas D. Seymourの注釈参照)

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