第4書 誓約の破棄、アガメムノーンの閲軍

4・422~544 両軍激突

452:heimarroi potamoi(雪解けの二つの河)として、両軍の衝突を、激流がぶつかり合うのになぞらえている。

465:hup’ek beleoon「浴びせかけられるたくさんの矢の下から(離れて)」(Thomas D. Seymourの注釈参照

482:シモエイシオスが倒れる様子を、川辺に横たえられたポプラに例えた描写が487行にまで及ぶ。474行以降において語られた、彼の川岸で生まれたことにちなんでいる。(Willcockの注釈参照)

527:現在完了分詞男性単数対格apessumenon(素早く去る)はペイロオスのことだが、トアースが逃げる彼の背中ではなく胸に槍を打ち込んでいる。Willcock、Thomas D. Seymourの注釈いづれも、ペイロオスは向きを変えることなく後ずさって逃げた、と解している。

536:522行・524行のho de、526行・527行のton deで対に述べられたペイロオスとディオーレースは、ここで双数主格towとなる。

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4・327~421 アガメムノーンの閲兵(メネステウス・オデュッセウス・ディオメーデース)

353:ここのtoiは人称代名詞二人称単数与格である。「それらの事柄が、”あなたに”心配させるのなら(=それらの事柄が、あなたを心配させるのなら)」

368:アガメムノーンは350行以降でオデュッセウスにしたと同様、ディオメーデースにも非難することによって戦への奮起を促そうとする。非難された者らの怒りを引き出し、そのエネルギーを戦へ向かわせる狙いである。アガメムノーンの非難に、激しく反論するオデュッセウスと、一切反論しないディオメーデース。特にこの二人の英雄の対照的な応答が興味深い。タイプの違う両名は、10書で絶妙のコンビを組み、活躍する。

380:行頭のhoiは、「ミュケーナイの人々」を指す。但し、当時の王はアガメムノーンの先代テュエステースである。アガメムノーンは374行で言った通り、テューデウスに会っていない。(Thomas D. Seymourの注釈による)

381:ゼウスがもたらしたというparaisia seemata(悪い兆し)について、Thomas D. Seymourの注釈では「恐らく左方向で稲光が起きた」としている。左側に顕れる徴は縁起が悪い。

384:ここでテューデウス一行のことを、ミュケーナイ王アガメムノーンが、「アカイオイ」と呼んでいる。テューデウスらはアルゴスから来たはずで、ミュケーナイにとってアルゴス軍は「アカイオイ」たるものか。

401:
アガメムノーン王の非難に対して、ディオメーデースは、ここでは一言も返さないが、9書34行で今度はアガメムノーンが戦意喪失した時、彼を励ますためにこの時の非難のことを彼に思い出させる。

407:
ここのagagonth’は、アオリスト分詞男性双数主格agagont(th)eである。ステネロスは自分とディオメーデースのことを双数で言っている。(Thomas D. Seymourの注釈参照)

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4・220~326 アガメムノーンの閲兵(イードメネウス・両アイアース・ネストール)

アガメムノーンはアカイア軍を見回り、檄を飛ばす。こういう際、決まって左から右へと行く(1書597行2書350行参照)。つまりはイードメネウスの右側に両アイアース、その右にネストール、その右にメネステウスとオデュッセウス、さらに右手にディオメーデースが並んでいた。3書の塔からの物見に続いて、主要登場人物の紹介を兼ねている。

223:
ouk an brizonta idois(あなたはきっと居眠りする彼を見なかったであろう)、ここで動詞はいきなり2人称単数になっている。1書の冒頭のようにムーサに呼びかけてるものと思われる。

235:pseudessi(嘘つきたちに)とは、誓いを破ったトロイア人らのことである。(Thomas D. Seymourの注釈参照)

254:この行のhoiは、土井晩翠訳を見る限り、人称代名詞三人称単数与格と読める。「メーリオネースは"彼(イードメネウス)のため"最後尾の隊列を励ましたてた」

275:アイアースらの率いる部隊の比喩が導入されている。動詞eiden(見る)は、279行のrigeesen(身震いする)、eelase(もたらす)とともに格言のアオリストであることがWillcock・Thomas D. Seymourの注釈に記述されている。「山羊飼いの男が物見やぐらから雲を見た時-その時はいつも身震いして家畜たちを洞窟へと連れて行く」 また276~278行、雲の挿入句の中の、ion kata pontonはerchomenon kata pontonの繰り返し、278行のagei(もたらす)以下はsun(伴う)と同意である(Thomas D. Seymourの注釈参照)。呉訳・松平訳ともに、このageiを「伴う」としている。

297:この時代の戦術として、ネストールは前方に戦車隊、後方に勇猛な歩兵団、そしてその間に弱い兵士たちを押し込め、強制的に戦わせる方法が記されている。ネストールは、馬が暴れてその歩兵たちの群を乱さないよう、抑えておく指示を戦車隊に出した。

306:この行で二つの単語が、次語母音のため語尾省略となっている。Thomas D. Seymourの注釈にもあるが、省略されているのはhetera(形容詞「他の」中性複数対格)と、 harmat(th)i(中性名詞単数与格「戦車」)である。この二語は同格ではない。harmat(th)iは位格とし、heteraは動詞hikeetai(掴む・届く)が対格をとるようである。「戦士が自分の戦車から、他(敵)の戦車へと届くのなら、そういった者は槍を伸ばすが良い」

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4・127~219 傷を負うメネラーオス

130:「アテーネーは矢を防いだ」のだが、完全に防がれたわけではなく、矢はメネラーオスを傷つけた。Leafの注釈によると、ここのtosson(そのくらい)は、132行のde aute(そうしないで・その代わりに)と関連するということである。つまりは132~3行の「腹帯の金の留め具が合わさった、胸甲が二重になった部分へと矢を向けた」-「鎧が二重の最も厚く、最も防御力の高い場所に女神がそれを誘導した分だけ、アテーネーは矢を防いだ(Thomas D. Seymourの注釈)」となる。命に関わらない安全な部分へ矢を導いたことで、アテーネーはメネラーオスを矢の脅威から防いだのである。

156:hoion(たった一人)はメネラーオスのことで、彼を戦うようにprosteesas(前に出させた)のはアガメムノーンである(Thomas D. Seymourの注釈参照)。ここで言う「誓い」とは、一騎打ち前にアガメムノーンがした誓いのようである。その誓いはどちらの命も奪われていないという点からして、果たされなければならない必要性がない。

159:宣誓に使用する酒は水と混ぜないワインを献酒することから、spondai(神前の誓い)にakreetoi(純粋な・紛れのない)という形容詞がつけられているが、3書269行の場合、一騎打ち前の誓いでは酒は混ぜられている(Thomas D. Seymourの注釈)。そしてeesはdexiaiの関係代名詞三人称女性複数与格である。「それら(右手)によって、我らは約束した」

182:「大地が私に大きく口を開ける」とは、「早く死んでしまいたい」という意味とのことだ。6書282行、8書150行、17書417行に同様のフレーズが見られる。(Thomas D. Seymourの注釈による)

198:
tow以下の文にはbaronti(ballwのアオリスト分詞)を補って読むことが、Thomas D. Seymourの注釈にある。

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4・73~126 アテーネー、パンダロスを唆す

75:hoion以下で例えられる、アテーネーがオリュンポスから地上へ降りていく様子は、迫力もあり、かつ神秘的な印象である。 Walter Leafの注釈によると、降臨したアテーネーの何を見て、人々が驚いたのかはよくわかっていないらしい。さらにThomas D. Seymourの注釈では、人々は驚いたが、アテーネーが地上に降りるとすぐに人の姿をとるので、女神と認識していないとある。

82:人々の二通りの推測が示される。essetai「(戦いと)なる」と、titheesi「(友好を)授ける」は、前者は未来形に対して後者は現在形であるが、これは未来を示す現在形で、直後に起きる出来事を示すものである。

105:aigos(山羊)は素材を表す属格で、toxon(弓)が山羊の角製であることを示している。Willcockの注釈では、106-11における弓作りについての情報は、事実というより詩的である、としている。また弓作りの経緯は、2書827行のアポローンから弓をもらった説明と異なっていることが書かれている。

106:honはaigos agrios(野生の山羊)を説明すると同時に、過去完了動詞bebleekeiの目的語である。(Thomas D. Seymourの注釈参照)

112:パンダロスは楯の陰で弓を張る。Kirkの注釈書(Cambridge Univ)では8書267行を例に出して、その間は無防備となるためその守りとしているとし、Thomas D. Seymourの注釈では、敵に弓の準備を見られないようにするためとある。どちらにしろ動詞schethonは3人称複数なので、楯を構えていたのはトロイア兵たちである。弓は使用するときまでは弦を張られなかったようだ。

126:「したがる・欲する」という意味の現在分詞meneainoonだが、主語はoistos(矢)である。パンダロスの放った矢が、まるで生き物のように飛び去っていく描写が興味深い。

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4・1~74 誓約破棄の提案

5:Kirkの注釈書(Cambridge Univ)によると、アカイア軍が窮地に陥り、彼らがアキレウスを請うようにするというテティスとの約束を果たすために、ゼウスは戦いを再開させようとする、とある。ヘーレーはトロイアの滅亡なしに、一騎打ちのみによる円満決着を望んでいない。それを熟知するゼウスは、わざと和睦という言葉を出してヘーレーを怒らせ、戦いを起こさせることにした。ゼウスはいつも物事を決める時には、自分からそれを直接指示する方法をとらず、自分以外のものにそれを託す(22書208行参照)。今回も、自分に一番抵抗しがちなヘーレーを唆して、彼女の口から思い通りの結果を引き出す。

13:メネラーオスの勝利(である)とゼウスは言うが、3書282行において、一騎打ちの前にアガメムノーンが誓った中に、「もし討ち取ったら」とあり、それは果たされていない。(Thomas D. Seymourの注釈参照)

20:アカイア側の味方であるヘーレーとアテーネーだが、ヘレネーをメネラーオスが連れて帰る代わりにトロイアの町が存続されることに反対を表明する。彼女たちは自分の信仰のある土地のために荷担しているだけであって、決してメネラーオスの味方ではない。

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