4・1~74 誓約破棄の提案

5:Kirkの注釈書(Cambridge Univ)によると、アカイア軍が窮地に陥り、彼らがアキレウスを請うようにするというテティスとの約束を果たすために、ゼウスは戦いを再開させようとする、とある。ヘーレーはトロイアの滅亡なしに、一騎打ちのみによる円満決着を望んでいない。それを熟知するゼウスは、わざと和睦という言葉を出してヘーレーを怒らせ、戦いを起こさせることにした。ゼウスはいつも物事を決める時には、自分からそれを直接指示する方法をとらず、自分以外のものにそれを託す(22書208行参照)。今回も、自分に一番抵抗しがちなヘーレーを唆して、彼女の口から思い通りの結果を引き出す。

13:メネラーオスの勝利(である)とゼウスは言うが、3書282行において、一騎打ちの前にアガメムノーンが誓った中に、「もし討ち取ったら」とあり、それは果たされていない。(Thomas D. Seymourの注釈参照)

20:アカイア側の味方であるヘーレーとアテーネーだが、ヘレネーをメネラーオスが連れて帰る代わりにトロイアの町が存続されることに反対を表明する。彼女たちは自分の信仰のある土地のために荷担しているだけであって、決してメネラーオスの味方ではない。

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3・383~461 一騎打ちの顛末

389:この行は、その前二行にわたって老婆の説明が入ってしまったため、386行をもう一度言い直している。行頭のteei(指示代名詞女性単数与格)は、386行の行頭greei(老婆)と一致する。388行の指示代名詞minに関して、各注釈書とも老婆を指すとし、malista de min fileeske「とりわけ彼女(ヘレネー)が彼女(老婆)と親しくしている」となる。

395:この時ヘレネーが胸中に掻き立たせたthumonについて、WillcockおよびWalter Leafのコメンタリーは「怒り」であるとしたが、Kirkの注釈書(Cambridge Univ)は前者二つを否定して、アプロディーテーによって引き起こされたパリスへの恋慕としている。前行までのアプロディーテーの言葉からもその方が自然であろう。ヘレネーが怒ったのは、396行目でのアプロディーテーの存在に気づいたからのように思える。

398:副詞ekは、自分の口から声が発せられたことを表現している。

399:ホメーロス時代の人々は、自分の意思や感情を人間の思い通りにならないものとし、恐怖や怒りのような我を忘れた行為は、神などが人間に与えたものであると考えた(岩波新書「ホメーロスの英雄叙事詩」高津春繁著、”九 英雄の世界”参照)。この行でのヘレネーの言葉で、ヘレネーがパリスに付いてトロイアへ来たのはアプロディーテーの意向であったことがわかる。だからこそ3書164行でプリアモスが「この戦争の責任はヘレネーには無い」と言うのである。勝利がメネラーオスのものとなった今、ヘレネーをパリスの元へ行かせようとするのは条約違反である。アプロディーテーの思惑に従いパリスの元へ行った場合、ヘレネーはトロイア女性たちからそのことを責められるわけである(Kirkの注釈書(Cambridge Univ)参照)。だが、ゼウスがこの一騎打ちに関する誓約をはじめから容認してなかった。アプロディーテーはそれを知っていたと思える。

424: Thomas D. Seymourのコメンタリー によると、アプロディーテーが持ってきたdifrosという椅子は背もたれの無いタイプのものである。

427:ヘレネーがパリスから目をそらしている理由は、Kirkの注釈書(Cambridge Univ)によれば、アプロディーテーが390行以降で彼の美しさを語り、誘いかけたことへの抵抗、あるいは複雑な心境を表現しているとある。

441:死を免れたばかりのパリスは妻への恋心で心を満たす。これは死からの脱却を意味し、食欲と性欲はともに生きていることの象徴である。パトロクロスが討ち死にしてからのアキレウスも食事をとらず、心配したテティスが24書128行目で食事をすることと女性と寝ることを勧めるかのような箇所がある。

445:クラナエー島の所在は不明である。各注釈はスパルテーの南に位置するKythera島と推測している。現在ギリシアのラコニア県ギシオから歩いて渡れる陸続きの小島でクラナイ島というのがあるが、これは後世名づけられたようだ。(Willcock、Thomas D. SeymourWalter Leafのコメンタリー参照)

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3・340~382 一騎打ちはじまる

347:ここに出てくるaspida pantos’eiseen(四方に均整の取れた楯)は小型の丸い楯をいい、sakos(大型の長円形の楯)とは区別される。( Thomas D. Seymourのコメンタリー参照)

349:ornuto(彼は立ち上がった)というのは、メネラーオスは守勢のポジションでかがんでいて、持った槍と共に立ち上がった、とWillcockの注釈にある。

351:ここの関係代名詞hoは、直前の不定法tisasthai(復讐すること)の内容を説明するものであるようだ。

354:xeinodokon(宿主に対して)の宿主とはメネラーオスのことで、ヘレネーをパリスが略奪した当時、パリスはメネラーオスの館に客としてもてなされていた。13書627行目にも同様の記述がある。

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3・245~339 一騎打ちの準備と休戦の誓約

259:プリアモス王が身震いした(rigeesen)のは、息子パリスの安否を心配したからである。3書306行目も同様。(Thomas D. Seymourのコメンタリー参照)

276:ギリシアにおけるオリュンポス同様、ゼウスはトロイアではイーデー山を拠点としている。Willcockの注釈書によれば、ゼウスは天候神として山の頂上と関わりをもつという。

278:太陽・河・大地の次に並び称されるhoiは冥王ハーデースと妃ペルセポネーである。(Willcock他、Thomas D. SeymourAllen Rogers Bennerのコメンタリー参照)

302:298行目の誓いをゼウスは承諾しない。4書70行目でこの誓いをゼウスがアテーネーに命令して破らせる。

315:一騎打ちの前に場所を測るのは、一定の範囲を定め、それを越えると敗走したとみなされた。(Allen Rogers Bennerのコメンタリー参照)

316:籤とは小石か木片にマークを付けたものと各注釈書にある(Thomas D. Seymour, Willcock参照)。

333:パリスはメネラーオスとの一騎打ちに際して、異母兄弟リュカーオーンの胸当てを着用する。Allen Rogers Bennerによると、恐らく決闘が予想外だったので持って来ていなかったのではないか、とある。自分のは家の中にあった(6-322参照)。剣を吊るすための帯は右肩から(左腰へ)、楯は左肩から掛けられた(Allen Rogers Bennerのコメンタリー参照)。一方のメネラーオスは始めから鎧を着ている(3書29行目参照)。

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3・121~244 塔からの物見

121:イーリスはヘレネーを呼び出し、彼女に故郷や家族への懐古を呼び覚ました。この呼び出しで明らかにされるのは、イーリオス内でのヘレネーの周囲の様子や、彼女に優しく接するプリアモス王の態度。そしてヘレネーの嘆きに満ちた心境である。神々の都合によって右にも左にも大きく運命を変えられる、神からすればまるで手駒の様な存在のヘレネーだが、それだけに彼女の故郷を懐かしく思う心や、いまだ血を分けた兄弟の死を知らないでいることが聴衆の哀れを誘ったであろう。

141:女性たちは慣例として、直接の関係でない男性らの面前に赴く時、ベールを被った。( Thomas D. Seymourのコメンタリー より)

146:hoi amfi Priamon(プリアモスを囲む人々)以下、hoiで示された人々がプリアモスと同じ対格になっているが、主格として解釈されると各注釈にある。( Walter Leaf , Allen Rogers Bennerのコメンタリー など参照)

159:トロイアの長老たちは密かにヘレネー返還の意見を口にしているが、プリアモスは164行目の言葉でもわかるように、それを望んではいない。ヘレネー返還案は賢人アンテーノールが7書347行ではっきりと提示し、パリスと対立するが、王であるプリアモスがパリスの意見を尊重したため却下される。これによりプリアモスの決定には、長老たちも逆らえないことは明らかである。また例によって、こういったうがった意見は無視される。

164:イーリアスではプリアモスが言うように、この戦争の責任はヘレネーには無いと考えられている。3書399行のヘレネーの台詞でも、ヘレネーがトロイアへ来たのはアプロディーテーの意向であることがほのめかされている。

172:女神と見まごうほどの美女ヘレネーだが、この謙虚な言葉から、詩人は彼女を決して憎むべき存在ではない、ただ悲運に翻弄されたかわいそうな女性と描いている。176行目は特に彼女の複雑な立場と心境を如実に表している。

207:最近はそれほどでもないとも聞くが、フィロクセニア(外国人歓待)の精神は、この時代から現代ギリシアまでギリシア人の中に連綿と受け継がれてきた。fila(親しい)、xenia(外国人)、つまり他国者を手厚くもてなし、帰りには土産も持たせて略奪による被害を防ぐ。お互いにそのようなもてなしを繰り返し同盟関係を深めるという、なかなか平和的な習慣である。戦争を始める以前、メネラーオスとオデュッセウスがアカイア軍の使節としてイーリオスを訪れた時、ヘレネー返還により戦争を回避したいと考えているアンテーノールは、まずはこの方策を取り、彼らを歓待した。その際、持たれたトロイエー人らの会議の中でパリスに買収されたアンティマコスの話が11書122および138行に出てくる。そういった経緯があるのにプリアモスがオデュッセウスを知らなかった問題を、 Thomas D. Seymourのコメンタリー では指摘している。

217:笏杖の役割は、会議の場などで発言を許される者であること(2書185行)、そして掟を守る象徴( 1書233行)である。話し手はその笏杖を、話の強調部分を聴衆にアピールするため振り回すのが普通らしい。しかしオデュッセウスは、このトロイア人たちの交渉の場でそのようにはしていない。220行目のfaiees(と思う)は二人称だが、主語は不明確であると Allen Rogers Bennerのコメンタリー にある。

222:epea nifadessin eoikota(雪に思えるような言葉)とはいかなるものなのか、どのコメントを参照しても今ひとつはっきりしない。ただこのように言葉を浴びせかけるオデュッセウスには誰も対抗できないというところから、それは非常に説得力をもつ言葉を彼が発したと解釈できる。

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3・76~120 一騎打ちの申し入れ

78:ヘクトールは、手にした槍を両手で水平に持って、トロイア軍の戦列を引き止めている。(WillcockおよびWalter Leafのコメンタリーによる)

103:ここで犠牲は、ゲーとヘーリオスとゼウスへの三頭用意されることになった。Willcockや Thomas D. Seymourの注釈によると、黒色は大地・冥界の色で白色は太陽・オリュンポス山の色、また雌は男神に捧げられ、雄は女神に捧げられたとある。さらに Allen Rogers Bennerの注釈に、地元であるトロイア軍は大地と太陽に、よそ者であるアカイア軍はゼウスに捧げるとある。

105: axete de Priamoio bieen(プリアモスの力を連れて来て下さい)とは、「プリアモスを連れて来て下さい」の回りくどい言い方。(Willcockの注釈による)

109:いずれの注釈もここのoisはイレギュラーな用途としている。「それ(若者の思慮)に老人が介入すると」oisに掛けられた名詞は前行のfrenes(思慮)である。何にしろ若者(例えばパリス)より老人(例えばプリアモス)の方が良いということである。

113:この行にあるhippousは馬だけでなく戦車も含まれている。この時代はまだ乗馬の技術は無く、馬は馬車や戦車を引くためだけに使われていたので、この戦場で馬といえば戦車ぐるみを指した。副詞ekはその戦車から人々が離れて降りた様子を表現している。(Kirkの注釈書(Cambridge Univ)による)

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3・15~75 ヘクトールに叱咤されるパリスの決断

16:ここでようやくこの戦の元凶パリスことアレクサンドロスの名前が登場する。パリスはこの段階ではまだ鎧を着ていない。弓の腕で有名な彼だが、このイーリアスでは通常、豹皮をまとった姿は戦闘用ではない。また弓、剣、二本の槍と、様々な武器を持っているが、この点もKirkの注釈(Cambridge Univ)など、弓と槍とを同時に所持する矛盾を指摘している。

35:この行のmin(彼を)は、pareias(頬を)と同格関係にあると Thomas D. Seymourのコメンタリーにある。彼=(彼の)頬、「蒼白さが彼(彼の頬)を捕らえた」でいいだろう。

58:パリスは一時、恐怖に捕らわれるが、長兄ヘクトールから厳しい叱咤激励を受け、メネラーオスとの一騎打ちに望む決心を固める。イーリアスに登場する人間たちは、常にこのように心を迷わせる。不安定な心を克服し、理想とする本質を取り戻すことが、特に王侯の身分の者には重要である。これについては、高津春繁著「ホメーロスの英雄叙事詩(岩波新書)」九・英雄の世界に詳しく書かれているが、どんなに血迷ったとしても最終的に改めさえすれば、その人の名誉は損なわれない。迷いは神が人間に与えたものであり、それについて人間に責任はないと考えられていたとある。

59:6書333行目に同じ。kataとhyuperは相反する意味を持つ。kata aisan「運命に従って」つまり「正当な」。hyuper aisan「運命を超えて」つまり「不当な」。

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3・1~14 進軍する両軍

3:ouranothi proは「天空の前」、地上から空を見たときの「天空の前」であるから、つまりは「空の下」という意味のようだ。-thiという接尾辞は場所を表す(所格)。

8:アカイア軍が沈黙して行進するのに比べて、トロイア軍は騒がしい。Kirkの注釈(Cambridge Univ)では4書428行-436行を参照としている。アカイア軍の統率のとれた進軍に対して、異国の連合軍であるトロイア軍とが対象的に描かれる。

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2・816~877 トロイエー同盟軍のカタログ

816:トロイア本軍・同盟軍のカタログが始まる。そのリストは、(1)トロイア本軍と周辺の国からの援軍(816-43)、(2)ヨーロッパ同盟国(844-50)、(3) 黒海の南の岸に沿った東側の人々(851-7)、(4) 小アジア中の内陸の人々(858-63)、(5) 小アジアの沿岸に沿った南の人々(864-77)。(Willcockの注釈による)

832:否定辞を持ったeaske(放置する、容認する)は、すなわち「思いとどまらせようとした」。さらに反復過去なので、何度もそうしようとした。

841:一語目のtown(彼ら”ペラスゴイ族”の)は、次行のeerche(指揮官となった)がとるものだが、二語目から関係代名詞の説明が入ってしまったため、次行の一語目でもう一度townと言い直している。

851:パプラゴネス族を導いたのがピュライメネースなのであるが、直訳では「ピュライメネースの毛深い心において(導いた)」となるであろうか。毛の生えた心とはすなわち「勇猛果敢な気質」をいう。ピュライメネースは5書576行目で討ち死にするが、13書658行目でなぜか再登場する。(Kirkの注釈書(Cambridge Univ)による)

858:トロイア連合軍の紹介に入ってから、ここのように主語が二人(複数)であるのに、eerche(未完了3人称単数)の動詞が使われているケースが目立ってきた。512行目の Thomas D. Seymourのコメンタリーによれば、元は一人だった主語が後に追加され、複数となったためとある。

870:カリア人のリーダー名は、867行目ではナステース一人が上がっていたが、ここで突如としてアンピマコスも追加される。870~871行目は後世の挿入とみる向きもある(Willcock、Leaf参照)。同名のギリシア方エーリス軍のアンピマコスは再三登場するが、トロイア方のアンピマコスとナステースは、ここ以外に登場しない。そして872行目のhosだが、870~871行目をないものとして考えるならナステースのことだし、そうじゃないならアンピマコス・・・もうどっちだって良い。「女みたいな」という形容は、この時代の男性にとっては不名誉なものであろう。

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2・786~815 トロイエー方全軍の集結

787:アカイア軍勢が戦闘準備に入ったことを、イーリスはゼウスの元から、憂慮すべき知らせとしてトロイア方にもたらした。

794:ここのnaufin(”船”の複数与格)は場所の与格であるが、奪格としての属格の意味を持つ。「アカイア人たちが船々(のある場所)から(離れて)出撃するのがいつかと待ち受けて」

813:トロイア方が集結した丘の名前が、人間と神とでは違っている。人間たちはbatieia「棘(茨の意)の丘」と呼び、神々は「アマゾネスの一人ミュリーネーの墓」と呼ぶ。1書402行目参照。

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2・681~785 船軍のカタログ(5)北部テッサリア地方-プティエー、ピュラケー、ペライ、メートーネー、トリッケー、オルメニオス、ギュルトーネー、キュポス、マグネーテス

694:ここで今は戦闘から身を引いているアキレウスが、いずれ出陣することがほのめかされる。イーリアスでは殆どの出来事が不意に起きることはない。多くは前もって聴衆に告知される。

724:別の神話であるピロクテーテースの持つヘーラクレースの弓の必要性について、明確に触れてはいないが、「彼らはじきにピロクテーテースのことを思い出すだろう」と、イーリアス後の物語をほのめかしている。

755:神々が誓いをたてる時、ステュクスの河水にかけて誓う。(14書271行目、15書37行目参照)ステュクスは地獄を取り巻いて流れる河で、その河水には毒性があると考えられていた。またティタレーシオスがステュクスから分かれた支流であるとして 、ティタレーシオスの清流が濁ったペーネイオスに混ざらないのはステュクスの恐ろしい誓いのせいであるという。Walter Leaf のコメンタリーに、河水に誓うのは、水は命にかかわるものであり、誓いはもとは厳しい試練という一種の毒であるとの説明がある。

767:「両馬をアポローンが養った」ので、パトロクロスの葬礼競技における戦車競争で、アポローンはこの馬たちを勝たせようとする 。(23書383行目参照)

773:ここのlaoiは明らかにアキレウス配下のミュルミドーン軍の兵士たちをいう。前行のlaownは、単にアガメムノーンの形容詞として用いられているにすぎない、一般のアカイア軍兵士を意味する。以降779行目までにある馬・戦車すべてアキレウスの配下のものをいう。

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2・645~680 船軍のカタログ(4)南東の島-クレーテー、ロドス他ドデカニサ諸島

658:biee Hrakleeieという良い回しは訳しにくいが、「ヘーラクレースの力のために」とでもなるのか。各注釈書に従い、慣用句で「剛勇のヘーラクレースのために」と理解した方が良いようだ。同じ用法が666行目にもある。

664:殺人を犯したものは、たいがいその地より追放される。リキュムニオスを殺したトレーポレモスも、その慣例に従ってロドスに移り住んだ。

665:ここのhoiに関して各注釈書は、人称代名詞の与格としている。動詞apeileesanがこれをとる。「彼に脅しをかけた」

671:ニーレウスは三回もここで連呼されるが、これっきりこのあと登場しない。三度の繰り返しは聴衆の注意をひいたであろう。それほど「美男である」ということが、古代のギリシア人にとって重視すべき価値観だったかもしれない。

676:岩波文庫(復刻版、平凡社ライブラリー)呉茂一訳「イーリアス」のこの箇所の略注で、「ニシュロス以下の四島はいずれもスポラデス郡島に属する」となっている。Walter Leafのコメンタリーでもスポラデスと書かれている。けれども、現代のギリシアの地図や旅行ガイドブック等では、スポラデス諸島は、サモス、イカリアまでで、以南のコス島ロドス島を含む島々は《ドデカニサ諸島》となっている。どこかの時代で或いは近代で、呼び名が変わったようである。dowdekaneesa(12の島々)と名づけられているが、14島と無数の小島から成る。

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2・625~644 船軍のカタログ(3)ギリシャ西部-ドューリキオン、ケパレーネス、アイトーロイ

629:関係代名詞wosで始まるピューレウスの説明であるが、patri cholowtheis「父によって憤慨されられて」つまり「父に怒って」。

643:ここのpantaは副詞ではなく主語である。「すべてが彼(トアース)に与えられた」(Willcockの注釈による)

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2・559~624 船軍のカタログ(2)ペロポネソス半島-アルゴス、ミュケーナイ、ラケダイモーン(スパルテー)、ピュロス、アルカディエー、エーリス(エペイオイ)

587:メネラーオスは兄のアガメムノーンの部隊から離れたところで陣を構えたとある。10書34行あたりでネストールのところへ赴こうとするアガメムノーンと、向こうからやってきたメネラーオスが往き会うシーンがある。イーリアスの中から彼らの陣屋の位置を割り出すことはできないが、アガメムノーンの陣屋から見て、メネラーオスの陣はネストールのと同じ方向にあるらしい。

594:突如としてこの地(ドーリオンのみを指すのかは判らない)にまつわる歌手タミュリスの挿話が、ここからenthaで始まり、600行目にまでわたる。なので、601行目のtownが指す語(591~594行目登場の民族たち)が、ひどく遠くに感じてならない。タミュリスがやって来たというオイカリアは、730行目テッサリア地方にある。

595:pausan(抑える、止めさせる)は、働きかける範囲を限定するために属格aoideesを取る。

620:618行目のtownは615行目のhoiで示された民族の、範囲を示す属格「彼らのうち(4人のリーダーが)」であるが、同様に620~623行目の3つのtownも、「4人のリーダーのうちの」として4人を説明している。従って、620行目のmen araは622行目と623行目の2つのdeと繋がっていく。621行目のmen~d’ara~は前行のアンピマコスとタルピオスの説明として、更に挿入されている。

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2・484~558 船軍のカタログ(1)中央ギリシャ地域-ボイオートイ、オルコメノス、ポーキス、ロクリス、エウボイア、アテーナイ、サラミス

484:いよいよアカイア軍の船軍目録の紹介である。場面転換に重要な導入部は、1書1行目と同様、ムーサへの呼びかけから始まる。Willcockの注釈にもあるが、目録は以下の5つの主要なエリアに分けられる。1.ボイオーティアを中心とした、中央ギリシャ(494-558)。2.ペロポネソス半島(559-624)。3.西の島とギリシャ西部(625-44)。4.南東の島(645-80)。5.北部ギリシャ、テッサリア地方(681-759)。

494:一番手に紹介されているボイオーティアが、一番民族数が多い(29民族)。496~507行目の9つのhoiで説明された民族は、509行目のTOWNで集約される。概ねこのような形で民族の紹介が進められている。

527:ロクリスは、中央ギリシアを挟む二つの湾の両側二箇所に存在したと考えられ(Kirkの注釈書(Cambridge Univ)に、位置を記した地図が掲載されている)、その内、参戦したのはエウボイア湾側の者たちである。またWillcockの注釈書で、529行目で小アイアースが身に着けているlonothowreex(麻の胸甲)に関して、ロクリス軍は重い鎧を持たない代わりに、弓と投石による軽装備の軍(13書713-8行目)であり、530行目における小アイアースの槍での活躍の記述が14書520行目にあるとのこと。参照されたい。

542:呉訳注によると、アバンテスは元はトラーキア系の民族で、頭の後ろだけで髪を伸ばしていた。4書533行目にアバンテスとは異なったトラーキア人の髪型の記述がある。(Willcock)

557:サラミース軍の位置については、アカイア軍を守るよう端に陣取っていたと8書225行と11書7行目にある。

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2・394~483 アカイア軍戦闘準備

402:ここでアカイア軍の主脳メンバーの紹介がある。アガメムノーンはこのメンバーを何かと頼りにしているようだ。9書・10書でも彼はこのメンバーに招集をかけている。しかしその中で二人のアイアースは、いつも一緒に登場するが、出身地も所属部隊も異なっており、ましてや362行目でネストールが提案する部族分けに反していることからも、大アイアースが仲の良い異母弟のテウクロスとではなく、小アイアースと常に一緒に居るというのは不自然である。元はアイアースの名を持つ登場人物は一人だけであったためと言われている。

413:417行の2語目まで、アガメムノーンの祈りを不定法だけで示した文章から成る。

420:この行の形容詞hira(尊い)は中性複数形であるので、一般的な犠牲物(同じ中性複数のmeeriaなど)を指す。403行目では犠牲の牛は単数で出ており、しかもまだこの段階では神に捧げられていない。

453:アガメムノーンが行った士気のテストは、ここに全員が帰国より戦いを選んだことで成功を収めた。そして、この書の冒頭、アキレウスの恥をそそぐためアカイア軍を窮地に立たせるには、戦争をさせなければならないというゼウスの思惑「まずアカイア軍に武装させる」は成就した。恐らくはそれを知らないヘーレーは、アカイア軍のためを思ってアテーナーを送り、人々の帰国を止めたが、それが返ってゼウスの思い通りになったのだった。

459:455行から483行目まで、アカイア軍の進軍の様子がいろいろな比喩を用いて述べられる。文頭のtownについては、PerseusのAllen Rogers Bennerのコメンタリーにこの箇所が載ってるのを見つけた。459行目のtownはこの語の繰り返しとあり、459のtownは更に474行目のtousを取るとのThomas D. Seymourのコメントもある。いずれもアカイア軍の説明を導き出すためにある。

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2・369~393 集会(5)アガメムノーンの鼓舞

378:Kirkの注釈(Cambridge Univ)にもあるが、ここでアガメムノーンはアキレウスとの口論に関して、自分が先に暴言を吐いた事を認めている。しかし、それもゼウスが自分に与えた苦悩だとしている。

379:人々に「ゼウスが策略を仕掛け、私に名を汚して戻れと命じた(114行目)」と言ったアガメムノーンだが、その後のオデュッセウスの蛇の話と、ネストールの出帆時の落雷がゼウスの吉兆であるとの説得に続いて、その本心がやっと語られ、ここに114行目の話は試しであったことが明かされた。

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2・278~368 集会(4)オデュッセウスとネストールの演説

278:王笏を手にしてオデュッセウスは立ち上がっている。テルシーテースを懲らしめてから後、どこかに腰を下ろしたわけではないが、これは話を始めようとする人物にスポットライトを当てるような聴衆の注意を向ける効果を狙って、発言の際に「立ち上がった」としている。

305:祭壇(bowmous)が複数になっている。「泉のまわりにぐるりと(amfi peri kreeneen)」という表現から、祭壇が複数あった(呉訳では「両側に」とamfiを解釈している)ようである。イーリアス内では、この語は単数でも「祭壇」の意味で使用されている。

311:蛇に飲まれた9羽の鳥はこの戦争が9年続くことを暗示しているわけだが、「9」という数字は「12」と並んでイーリアス中に出所が多い。疫病が9日間襲った(1書53行)とか、先にも取り上げた9人の伝令(2書96行)、アキレウスはパトロクロスの屍に9年を経た薬を塗り(18書351行)、ヘーパイストスはその昔テティスとエウリュノメーの元に9年間を過ごし(18書400行)、9日間神々に口論が巻き起こった(24書108行)。なにか「9」という数字で一単位になる感じがある。

350:ネストールは、300行以降のオデュッセウスの話とは別の吉兆を語る。右側は幸運の方角であり、24書314行目でプリアモスがアカイア軍の陣屋へ赴く際にも、鳥占いで鳥が右手を横切って幸運の約束がなされるシーンがある。

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2・211~277 集会(3)非難するテルシーテース

216:aischistos aneer「もっとも醜悪な(者である)」、hupo Ilion eelthe「イーリオスの元にやって来た(者のうち)」、関係代名詞を使わず、二句をdeでつなぐだけという古典ギリシア語の合理性がみえる。ちなみに現代ギリシア語訳「イーリアス」のこの箇所は、文頭にbe動詞がきて、従属部分にちゃんと関係代名詞がつけられていた。それにしてもテルシーテースは徹底的に良いところなしに描かれている。一種の悪役に近い役回りであろうが、それでも後世、イーリアスには無かった立派な家系を授けられる辺り、庶民でありながら誰もが恐れる最高権力者に意見を述べたという行為が、時代の流れによって聴衆に受け入れられたのだろう。

225:人々を引き止めたのはオデュッセウスだが、テルシーテースはアガメムノーンが引止めを支持したとして非難を述べる。はじめに帰還を促したのはアガメムノーンではあるが、オデュッセウスに発言を許す笏杖を渡したところから、オデュッセウスによる人々への呼びかけはアガメムノーンの意向であるとされている。テルシーテースは逃げないことが臆病だと言っているが、あまのじゃく的に総大将の意向に逆らうように人々を扇動するのが主旨である。

270:注釈書には、人々が悲しんでいた(achnumenoi)のは、帰還が取り止めになったからではないかとある。この語の解釈なしにこの行は訳せないが、説明を付ければ長くなるため、呉訳の「片腹痛く思いながら」は端的とは言いがたいものの、詩としての形を崩すことなくこの語を取り込んでいる邦訳であると言える。ただ、それではギリシア語原文と意味にズレが生じる。やはり原典を読む以外、イーリアスの内容を忠実に知るのは難しい。

272:人々はテルシーテースを嘲り、オデュッセウスを支持する。王を非難するということは、秩序を乱す悪いことであるという道徳観を示す箇所である。古代よりホメーロスが教科書として読まれてきたというのもこういうところが尊ばれたのだろう。

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2・142~210 集会(2)オデュッセウス、人々を説得する

143:hosoi(多くの人々)は男性複数主格であるが、直前の女性名詞pleethun(群衆)の説明をしている。群衆とは人々の集まりなので、男性形で良いわけである。

169:ヘーレーに人々を引き止めるよう言い付けられたアテーナーが起こした行動は、アカイア軍で一番発言力・説得力のある人物オデュッセウスを使ってその命令を果たすことであった。知恵の女神から生まれたアテーナーが、知恵者のオデュッセウスをひいきにしていたせいもあるだろう。それにしても75行目でアガメムノーンがereetuein(引き止めるように)と、閣僚たちに頼んでおいたにもかかわらず、この段階で引き止めは行われていない。注釈書ではどうも、オデュッセウスは先の長老会議に出席したとして、智謀のオデュッセウスですら衝撃を受けてこれほどの体たらくだったのだから、他のメンバーはさもあろうという解釈のようだ。この後オデュッセウス・ネストールの有能な補佐がカバーしたお陰で、結果的にその目的は遂げられたものの、しかし危うくこれはアガメムノーンの作戦ミスに終わるところであった。この一時的に思惑はずれに向かうかに思えるシーンも、実は聴衆を惹きつける詩人の腕の見せ所だったのであろうか。

182:アテーナーの命令に応じ、行動を起こす象徴としてオデュッセウスは上着を脱ぎ捨てた。170行目で気落ちして佇んでいた(estaota)ところから、一挙に意欲に満ちたあざやかな転換となる。

188:オデュッセウスのこの、相手の身分によって全然違う態度は、古代ギリシア人たちの価値観が反映されているためである。この時代の人々は、優れた者は他に超えて善く、アリストイ(貴族たち)が庶民に劣る部分はない、と考えている。身分によって人物の風体イメージも大きく左右され、身分が高い=立派な体格=美しい=善い、と見た目が内面を象徴するように描かれているから、イーリアスに登場する英雄たちはまるで大男ぞろいで、中肉中背のヤツなんかいないということになってしまっている。現代からしたら不自然な気がするだろうが、これがイーリアス世界を創造する古代ギリシア人の美意識なのだ。そこを理解していないと、ここでのオデュッセウスを誤解しかねない。身分の違いはこの世界では決定的で、これほど扱いが違う。第22書477行以降のアンドロマケーのセリフに、ヘクトールという父親の後ろ盾をなくした我が子アステュアナクスの行く末を案じたものがある。身分が変わるとここまで冷遇を受ける。

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2・84~141 集会(1)集結時の喧騒・アガメムノーンの発言

84:ここのアオリスト分詞fowneesas(話すと)の主語は、直前のセリフがネストールのものなので、ネストールでいいのだろう。ただ王たちを束ねる者(poimeni laown)という形容は、アガメムノーンの方がふさわしく、またネストールに使われるケースは少ない。

87:50行目でアガメムノーンが命じた全軍の集結は、まだ完了しておらず、閣僚打ち合わせを挟んで場面は再び集結に駆けつける群衆を描写する。比喩を導き出す語eeute(~のように)以降、90行目までの動詞はいずれも現在形・現在完了形、たとえ話に用いられる現在形である。93行目の「噂」は、アガメムノーンの号令を伝令たちが伝えている様子を表現している(Kirkの注釈による)。人々はアガメムノーンの命に従い、ゼウスの神意で集まった。

96:ここで伝令が9人出てくる。登場する人物が9人いるというのは、イーリアスの中では、第8書253行目9人の勇者の登場、第24書252行目プリアモスは9人の息子を呼ぶ、などがある。伝令9名の名前は明らかではなく、「9」と言う数字により伝令がそれなりの人数居たということを意味するのであろう。

100:伝令たちはdiotrefeown basileeown(ゼウスに養われた王侯たち)の言葉を聴くようにと人々を鎮めたが、ここで笏杖を持って発言するのは代表のアガメムノーン一人である。anaが上方へすっくと立った様子を表し、esteeを効果的に修飾している。また、ここに出てきた笏の来歴は《由緒あるもの》の確認と思われる。来歴に登場する人物たちは、後世のさまざまな物語で劇的に描かれるが、ペロプス以下アガメムノーンまでの血縁関係に関しては聴衆が既知として、ここでは特にその関係について触れていない。Kirkの注釈(Cambridge Univ)参照。

123:eiは同行のetheloimen(欲するならば)のみならず、127行目までの動詞、easin(居たとして)、diakosmeetheimen(並んだとしたなら)、eloimetha(選び出したとしたら)にかかる。ちょっと長い前文であるが、124行目amfwの説明として125-126行があると考えれば、まとめやすい。

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2・48~83 全体集会前の閣僚打合せ

50:ここでアガメムノーンが伝令により召集を命じたのは、アカイア軍全軍である。一方、総会を始める前に彼はまず、megathumown gerontown(大いなる気性の老人たち)の会議を設定する。この「老人たち」とは文字通りではなく、遠征軍の一握りの実力者や経験豊富な者たちのことではないだろうか。また会議に出席したのはネストール以外は不明であり、人数もわからない。イードメネウスくらいは参加していたろうか?少なくともオデュッセウスはここではメンバーではなかったように思えるのだが(2書169行参照)。これとは別の召集における7人の長老たちの名が、2書404行以降に上げられている。

60:初めにゼウスがオネイロス神に命じ、それをオネイロス神がアガメムノーンに伝えたことを、三度目アガメムノーンがここで同じ話をする。三度紹介すること自体に意味があるかはわからないが、場面が変わりながらゼウスの命令が伝えられていくのがわかる。ヘーレーの作り話は、オネイロス神がネストールの姿を借りたのと同様に、いかにもそれをしそうなアカイア軍の味方の神の名を出して信用させようとしているのだろう。

70:56行目で「夢がやって来た」と言っていたので、ここのo、eipown、apoptamenosはいづれもオネイロス神である。この行は33行目の繰り返しであるが、後に続く「眠りが去った後でも忘れるな」の部分を繰り返しておらず、ここではただ「甘い眠りが去った」とだけ言っている。

72:この行の「とにかく皆に武具を着けさせよう」というのが、この後出される軍の指揮のテストの目的のようである。このテストのことは各注釈書にも色々と書かれているが、それによると he themis esti(慣習である)の言葉通り、民衆の意向を試すことは通常行われていたらしい。わざと正反対のことをアガメムノーンが勧め、他の参謀たちが周りで引き止めることになっていたが、殆どの者がそうしなかった。

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2・1~47 ゼウス、夢の神を送る

3:ここのwsは、kenを伴わないで次行の接続詞timeesei(讃える)を目的節にとる。「アキレウスを(どのようにして)讃えようかと」

19:「眠り」にはambrosios(かぐわしい、甘い香りの)という形容詞が使われる。観念的な心地良さというものに対して、まるで実在しているかの如き五感になぞらえた表現である。このようにギリシア人は直接的な表現を好む。不思議と理解しやすいものである。注釈書によればambrosios(不滅の)の語源はbrotos(死ぬべき者)と関連があるらしい。「眠り」は人の活動を停止させる、「死」に非常に近いものと考えられ、神話においては眠りの神ヒュプノスと死の神タナトスは双子の兄弟である。(16書671行参照)

20:オネイロス神は老ネストールの姿を借りてアガメムノーンの夢枕に立ったわけだが、Kirk(Cambridge Univ)の注釈の通り、それはアガメムノーンに信じ込ませるのを目的に、彼が軍中で一番信頼するネストールの姿を利用したものである。また「(あなたにとって)自分はゼウスの使いとなる」というセリフ(26行目)でその正体をほのめかしている。

37:ここの指示代名詞Oは、アガメムノーンを示す男性単数主格で、動詞FEEの主語のようである。

42:アガメムノーンの身支度の様子が描写されているが、これらの服装は、物語の時代のものであることはあまりなく、「イーリアス」そのものが作られ、語られた当時のものであることが少なくない。Kirk(Cambridge Univ)の注釈はここで帯びるアガメムノーンの剣がミュケーナイ時代のものであることを示唆している。このような時代の違えた物の描写は服装に限らず、さまざまな道具においてもみられる。

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1・568~611 ヘーパイストスのとりなし

571:ゼウス・ヘーレー間が険悪となってしまったこの場面に、ヘーパイストス神を登場させることで雰囲気の緩和を図る。ヘーパイストスの歩く姿が、おどけた滑稽な様子として周囲に受け止められ、場の緊張がほぐれる。彼は素晴らしい物を造りだす技術を持ち、頼もしく、ヘーレーを慰めるこの描写からも人柄にも優れている。姿以外に欠点の見受けられない神である。

573「loigia erga tad’essetai(これは大変なことになる)」ヘーパイストスが危惧するとおり、最強の神ゼウスを本気で怒らせてしまうことは、全ての神々が恐れることである。神々の争いはギリシア神話世界に大いなる乱れをもたらす。彼らが饗宴を楽しむということは彼らにとっても、世界にとっても平穏を示している。

580:各注釈書にもありますが、ei per gar ke~以降、条件文前文だけで文章を中断することによって、言い表せない驚き・恐怖を出している。573行でヘーパイストスが危惧する最たるものこそ、この「ゼウスが(我々を)座から突き落とそうとしたら」である。

590:ヘーパイストスは以前にもヘーレーとゼウスの諍いにおいて、ヘーレーを救おうとし、ゼウスに遠くへと放り投げられている。同場面の記述が15書18行以降にある。

599:ヘーパイストスが神々の間にもたらしたこの笑い(gelows)は、ゼウスとヘーラーの争いの緊張から解放されたことを意味する。

603:この行の否定辞ouには前行の動詞edeuetoを補わなければならない。そしてmenは次行のtheに対応し、補ったedeueto(不足する)は素材として二つの属格formiggos(アポローンの竪琴)と、theでつなげられた604行のmousawn(ムーサイの声)をとる。竪琴とムーサイには、それぞれに関係代名詞の説明がついている。

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1・531~567 ヘーレーの憂慮

533:ゼウスが館に戻ると、諸神こぞってゼウスを出迎えに席を立った。諸神の席そしてゼウスの座った席というものは、オリュンポスで神々の酒宴や会議がよく執り行われる席である。Zeus de eon pros dowmaというところから、そこはゼウスの館の中にあるようだ。同じオリュンポス山でその付近に館を持ち住まっている神もいるが、別の場所に居を持つ神々もいる。誰がそうであるかなど明確ではないが、例えばヘーレー、ヘーパイストス、アプロディーテーなどはオリュンポスに住み、ハーデースやテティスなどはそれぞれ自分の居住場所を持つ。

536:ゼウスとテティスが密談していたのに、ヘーレーは目ざとく気づく。諸神が敬うゼウスに向かい、妻のヘーレーはそのことを開口一番咎め立てる。彼女は特に味方をしているアカイア軍のためにも、このように夫の動向に常に目を光らせている。何しろ、最大の力を持つ女神である自分の思い通りにならないのは、この世でゼウスだけなのだから。そういう意味ではゼウスにとっても、一番の障害は妻ヘーレーであろう。

555:ヘーレーがゼウスを監視する理由が挙げられている。彼女はひいきしているアカイア軍の敗北を一番に危惧している。イーリアス上で、ヘーレーは全てアカイア軍の勝利を目的として行動している。

562:ヘーレーに向かい、ゼウスはその不遜な態度を戒める。567行のゼウスが持つaaptous cheiras(抵抗できない力で)とは、8書17行以降に詳しい記述あり。ヘーレーが555~559行で述べた事柄について、ゼウスはこの場で認めはしなかったが、15書75行などでヘーレーに対し明らかにしている。

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1・488~530 テティスの請願

490:反復過去powleomai「(習慣的に)行く」などの動詞を使うことにより、アキレウスが会議や戦場に行かない日々が、アガメムノーンと口論した日より続いていることを表している。ゼウスがオリュンポスに戻ってくる日が次の段落でやって来る。

498:テティスがオリュンポスの頂にやって来た時、ゼウスは他の神々から離れたところに一人でいた。これは都合よくテティスが目的を遂げるというストーリー運びのための設定であるとともに、Kirk(Cambridge Univ)の注釈ではゼウスの座っていたオリュンポスの頂は彼の聖域であり、他の神々と一線を画して優位を示しているという。

500:テティスはゼウスの前にひざまずき、左手で膝を掴み、右手で顎を掴んだ。これは懇願者のポーズである。

514:頷きによる返答の仕方にも決まりがある。承諾・肯定は下方へのうなづき、また、否定は上方への頷きによって示す。(現代のギリシアでも普及してるとか)。neuow頭を俯ける=kataneuow(下に)うなずく(請け負う)、≠apoeipon首を後ろにする(拒絶・拒否する)

515:返答を渋り無言となってしまったゼウスに、テティスは自分を蔑んでいるのかどうかはっきり答えるよう迫る。テティスとしても愛する息子の名誉がかかっているのだから懸命である。ゼウスとしてはテティスの望みを退けるつもりはないが、それがアカイア軍に肩入れしている妻ヘーレーの怒りをかうものであることが悩みなのだ。恐れるものの何もないはずのゼウスが、妻にだけは手こずっているらしいところが、人間くさいギリシアの神の親しみを覚える面である。今でもギリシアでは恐妻家が多いと聞く。

528:ゼウスがテティスに約束の証として頷いてみせると、オリュンポス山が大きく揺すぶられた。ゼウスが雷雲の神であることを示す表現である。

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1・431~487 クリューセーイスの返還

450:447行以降、神への犠牲を捧げる儀式の次第が詳細に記述されているが、クリューセースが祈る際に手を上げる(cheiras anaschown)のは、351行のアキレウスがテティスのいる海に向かって手を差し伸べるのと同様、祈りを捧げるアポローン神が居る方向、つまりは天に向かって手を上げているわけである。

461:「二重の脂身でもって腿肉を挟み、それ自体の上に生肉を置いた」とは、脂身で包んだ物が何であるか判るように、腿肉の肉片を載せている。

464:467行で一同は食事をするが、その前にこの行で儀式として一口ずつ全員で臓物を口にした。

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1・352~430 アキレウスの訴え

352:女神から生まれたがアキレウスは寿命のある「人間」である。けれども女神から生まれた以上、ただの人間ではない。人間のうちでは抜きん出た体力を授かったアキレウスをはじめとする半神たちは、人間の社会においては優に名誉を得る立場にある。ましてやアキレウスは9書410行に語られる如く、この戦争に参加すれば、討ち死の運命と引き換えに不滅の名誉を授かることになっている。

355:アキレウスはブリーセーイスが連れて行かれた直後、涙を流してはいるものの、ここで語られるその理由は恥を受けたことに対する怒りが中心である。彼の怒りの原因としてイーリアス内では「ブリーセーイスの故に」と繰り返し歌われるが、彼女が「奪われた」とは「侮辱を受けた」という意味である。アキレウスがブリーセーイスに固執したのは自分の対面のためで、真に大切に思っている親友パトロクロスの存在と彼女とは比べようもない。ブリーセーイスはアキレウスにとってどんな上等な価値であっても、褒美の身分を出ることはできなかった。

359:テティス神は海から靄の如くに現れた。神が地上に現れるとき、人間の誰かの姿や7書58行目のように鳥など、何某かの形をとることが多い。第1書194行目ではアテーナーはアキレウスにだけ姿を見せ、周囲の人々には気づかせなかった。神々はその実体を滅多に人に示さない。

393:アテーナーにより償いとして三倍もの褒美を約束された(213行)アキレウスだったが、彼の望みはあくまでアガメムノーンに自分にした仕打ちを後悔させることにある。それで彼は思い通りの状況を作り出すべく、ゼウスの力を借りるよう母テティス神に依頼する。テティスがそれを為せるだけのどんな貸しがあるかの説明文が挟まるため、具体的な依頼内容は408行以降になる。テティス神は他にヘーパイストスにも貸しがあり(18書394行参照)、これらのコネを息子のために大いに使う。

402:百腕の巨人(ヘカトンケイル)は、海の岸を噛む浪の擬人化(呉茂一訳注釈参照)といわれるところから、同じ海の一族であるテティスが使役した。神と人間とで彼の呼び名が違っているが、神と人間は必ずしも同じ言葉を話すものではないらしい。Kirk(Cambridge Univ)の注釈では、イーリアス内で他に2書813行、14書290行、20書74行に、神と人間とのそれぞれの呼び名が違う記載のあることを紹介している。

408:アキレウスが望む状況とは、「アカイア人らが敗走し殺されていき報いを受け、アガメムノーンが自分の愚かさに気づくように」であるが、全ては自分の名誉を回復するため、多くの人々が報いを受ける必要があると考えている。何とも非情な手段だが言い換えれば、自分の戦力はそれだけの被害を防ぐものであると人々に認めさせたいわけなのだろう。

416:アキレウスが短命である話がここに出た。彼の運命に関する詳細は9書410行にある。

423:オーケアノスといえばこの時代の世界観からすると、世界全体を取り巻く巨大な川(或いは大洋)で、そこが世界の果てである。そこにアイティオプス人の国があると考えられていた。エチオピアのこと。ゼウス他、神々が出掛けるくらいだから、敬虔な民族であろう。

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1・318~351 二人の従者、アキレウスの所へ

318:もう争わないと態度を表明したアキレウスに対して、アガメムノーンは184行目で言った脅しを実行に移すべく二人の従者を差し向ける。多くの人前で言い放ってしまったことだけに、ここまでくるとアキレウスの鼻っ柱を徹底的につぶし、自分の威厳を保つことしか考えていないのだろう。これが人間の判断力を失わせるアーテー(迷妄)の恐ろしさだ。(19書88行以降参照)

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