2・816~877 トロイエー同盟軍のカタログ

816:トロイア本軍・同盟軍のカタログが始まる。そのリストは、(1)トロイア本軍と周辺の国からの援軍(816-43)、(2)ヨーロッパ同盟国(844-50)、(3) 黒海の南の岸に沿った東側の人々(851-7)、(4) 小アジア中の内陸の人々(858-63)、(5) 小アジアの沿岸に沿った南の人々(864-77)。(Willcockの注釈による)

832:否定辞を持ったeaske(放置する、容認する)は、すなわち「思いとどまらせようとした」。さらに反復過去なので、何度もそうしようとした。

841:一語目のtown(彼ら”ペラスゴイ族”の)は、次行のeerche(指揮官となった)がとるものだが、二語目から関係代名詞の説明が入ってしまったため、次行の一語目でもう一度townと言い直している。

851:パプラゴネス族を導いたのがピュライメネースなのであるが、直訳では「ピュライメネースの毛深い心において(導いた)」となるであろうか。毛の生えた心とはすなわち「勇猛果敢な気質」をいう。ピュライメネースは5書576行目で討ち死にするが、13書658行目でなぜか再登場する。(Kirkの注釈書(Cambridge Univ)による)

858:トロイア連合軍の紹介に入ってから、ここのように主語が二人(複数)であるのに、eerche(未完了3人称単数)の動詞が使われているケースが目立ってきた。512行目の Thomas D. Seymourのコメンタリーによれば、元は一人だった主語が後に追加され、複数となったためとある。

870:カリア人のリーダー名は、867行目ではナステース一人が上がっていたが、ここで突如としてアンピマコスも追加される。870~871行目は後世の挿入とみる向きもある(Willcock、Leaf参照)。同名のギリシア方エーリス軍のアンピマコスは再三登場するが、トロイア方のアンピマコスとナステースは、ここ以外に登場しない。そして872行目のhosだが、870~871行目をないものとして考えるならナステースのことだし、そうじゃないならアンピマコス・・・もうどっちだって良い。「女みたいな」という形容は、この時代の男性にとっては不名誉なものであろう。

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2・786~815 トロイエー方全軍の集結

787:アカイア軍勢が戦闘準備に入ったことを、イーリスはゼウスの元から、憂慮すべき知らせとしてトロイア方にもたらした。

794:ここのnaufin(”船”の複数与格)は場所の与格であるが、奪格としての属格の意味を持つ。「アカイア人たちが船々(のある場所)から(離れて)出撃するのがいつかと待ち受けて」

813:トロイア方が集結した丘の名前が、人間と神とでは違っている。人間たちはbatieia「棘(茨の意)の丘」と呼び、神々は「アマゾネスの一人ミュリーネーの墓」と呼ぶ。1書402行目参照。

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2・681~785 船軍のカタログ(5)北部テッサリア地方-プティエー、ピュラケー、ペライ、メートーネー、トリッケー、オルメニオス、ギュルトーネー、キュポス、マグネーテス

694:ここで今は戦闘から身を引いているアキレウスが、いずれ出陣することがほのめかされる。イーリアスでは殆どの出来事が不意に起きることはない。多くは前もって聴衆に告知される。

724:別の神話であるピロクテーテースの持つヘーラクレースの弓の必要性について、明確に触れてはいないが、「彼らはじきにピロクテーテースのことを思い出すだろう」と、イーリアス後の物語をほのめかしている。

755:神々が誓いをたてる時、ステュクスの河水にかけて誓う。(14書271行目、15書37行目参照)ステュクスは地獄を取り巻いて流れる河で、その河水には毒性があると考えられていた。またティタレーシオスがステュクスから分かれた支流であるとして 、ティタレーシオスの清流が濁ったペーネイオスに混ざらないのはステュクスの恐ろしい誓いのせいであるという。Walter Leaf のコメンタリーに、河水に誓うのは、水は命にかかわるものであり、誓いはもとは厳しい試練という一種の毒であるとの説明がある。

767:「両馬をアポローンが養った」ので、パトロクロスの葬礼競技における戦車競争で、アポローンはこの馬たちを勝たせようとする 。(23書383行目参照)

773:ここのlaoiは明らかにアキレウス配下のミュルミドーン軍の兵士たちをいう。前行のlaownは、単にアガメムノーンの形容詞として用いられているにすぎない、一般のアカイア軍兵士を意味する。以降779行目までにある馬・戦車すべてアキレウスの配下のものをいう。

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2・645~680 船軍のカタログ(4)南東の島-クレーテー、ロドス他ドデカニサ諸島

658:biee Hrakleeieという良い回しは訳しにくいが、「ヘーラクレースの力のために」とでもなるのか。各注釈書に従い、慣用句で「剛勇のヘーラクレースのために」と理解した方が良いようだ。同じ用法が666行目にもある。

664:殺人を犯したものは、たいがいその地より追放される。リキュムニオスを殺したトレーポレモスも、その慣例に従ってロドスに移り住んだ。

665:ここのhoiに関して各注釈書は、人称代名詞の与格としている。動詞apeileesanがこれをとる。「彼に脅しをかけた」

671:ニーレウスは三回もここで連呼されるが、これっきりこのあと登場しない。三度の繰り返しは聴衆の注意をひいたであろう。それほど「美男である」ということが、古代のギリシア人にとって重視すべき価値観だったかもしれない。

676:岩波文庫(復刻版、平凡社ライブラリー)呉茂一訳「イーリアス」のこの箇所の略注で、「ニシュロス以下の四島はいずれもスポラデス郡島に属する」となっている。Walter Leafのコメンタリーでもスポラデスと書かれている。けれども、現代のギリシアの地図や旅行ガイドブック等では、スポラデス諸島は、サモス、イカリアまでで、以南のコス島ロドス島を含む島々は《ドデカニサ諸島》となっている。どこかの時代で或いは近代で、呼び名が変わったようである。dowdekaneesa(12の島々)と名づけられているが、14島と無数の小島から成る。

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2・625~644 船軍のカタログ(3)ギリシャ西部-ドューリキオン、ケパレーネス、アイトーロイ

629:関係代名詞wosで始まるピューレウスの説明であるが、patri cholowtheis「父によって憤慨されられて」つまり「父に怒って」。

643:ここのpantaは副詞ではなく主語である。「すべてが彼(トアース)に与えられた」(Willcockの注釈による)

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2・559~624 船軍のカタログ(2)ペロポネソス半島-アルゴス、ミュケーナイ、ラケダイモーン(スパルテー)、ピュロス、アルカディエー、エーリス(エペイオイ)

587:メネラーオスは兄のアガメムノーンの部隊から離れたところで陣を構えたとある。10書34行あたりでネストールのところへ赴こうとするアガメムノーンと、向こうからやってきたメネラーオスが往き会うシーンがある。イーリアスの中から彼らの陣屋の位置を割り出すことはできないが、アガメムノーンの陣屋から見て、メネラーオスの陣はネストールのと同じ方向にあるらしい。

594:突如としてこの地(ドーリオンのみを指すのかは判らない)にまつわる歌手タミュリスの挿話が、ここからenthaで始まり、600行目にまでわたる。なので、601行目のtownが指す語(591~594行目登場の民族たち)が、ひどく遠くに感じてならない。タミュリスがやって来たというオイカリアは、730行目テッサリア地方にある。

595:pausan(抑える、止めさせる)は、働きかける範囲を限定するために属格aoideesを取る。

620:618行目のtownは615行目のhoiで示された民族の、範囲を示す属格「彼らのうち(4人のリーダーが)」であるが、同様に620~623行目の3つのtownも、「4人のリーダーのうちの」として4人を説明している。従って、620行目のmen araは622行目と623行目の2つのdeと繋がっていく。621行目のmen~d’ara~は前行のアンピマコスとタルピオスの説明として、更に挿入されている。

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2・484~558 船軍のカタログ(1)中央ギリシャ地域-ボイオートイ、オルコメノス、ポーキス、ロクリス、エウボイア、アテーナイ、サラミス

484:いよいよアカイア軍の船軍目録の紹介である。場面転換に重要な導入部は、1書1行目と同様、ムーサへの呼びかけから始まる。Willcockの注釈にもあるが、目録は以下の5つの主要なエリアに分けられる。1.ボイオーティアを中心とした、中央ギリシャ(494-558)。2.ペロポネソス半島(559-624)。3.西の島とギリシャ西部(625-44)。4.南東の島(645-80)。5.北部ギリシャ、テッサリア地方(681-759)。

494:一番手に紹介されているボイオーティアが、一番民族数が多い(29民族)。496~507行目の9つのhoiで説明された民族は、509行目のTOWNで集約される。概ねこのような形で民族の紹介が進められている。

527:ロクリスは、中央ギリシアを挟む二つの湾の両側二箇所に存在したと考えられ(Kirkの注釈書(Cambridge Univ)に、位置を記した地図が掲載されている)、その内、参戦したのはエウボイア湾側の者たちである。またWillcockの注釈書で、529行目で小アイアースが身に着けているlonothowreex(麻の胸甲)に関して、ロクリス軍は重い鎧を持たない代わりに、弓と投石による軽装備の軍(13書713-8行目)であり、530行目における小アイアースの槍での活躍の記述が14書520行目にあるとのこと。参照されたい。

542:呉訳注によると、アバンテスは元はトラーキア系の民族で、頭の後ろだけで髪を伸ばしていた。4書533行目にアバンテスとは異なったトラーキア人の髪型の記述がある。(Willcock)

557:サラミース軍の位置については、アカイア軍を守るよう端に陣取っていたと8書225行と11書7行目にある。

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2・394~483 アカイア軍戦闘準備

402:ここでアカイア軍の主脳メンバーの紹介がある。アガメムノーンはこのメンバーを何かと頼りにしているようだ。9書・10書でも彼はこのメンバーに招集をかけている。しかしその中で二人のアイアースは、いつも一緒に登場するが、出身地も所属部隊も異なっており、ましてや362行目でネストールが提案する部族分けに反していることからも、大アイアースが仲の良い異母弟のテウクロスとではなく、小アイアースと常に一緒に居るというのは不自然である。元はアイアースの名を持つ登場人物は一人だけであったためと言われている。

413:417行の2語目まで、アガメムノーンの祈りを不定法だけで示した文章から成る。

420:この行の形容詞hira(尊い)は中性複数形であるので、一般的な犠牲物(同じ中性複数のmeeriaなど)を指す。403行目では犠牲の牛は単数で出ており、しかもまだこの段階では神に捧げられていない。

453:アガメムノーンが行った士気のテストは、ここに全員が帰国より戦いを選んだことで成功を収めた。そして、この書の冒頭、アキレウスの恥をそそぐためアカイア軍を窮地に立たせるには、戦争をさせなければならないというゼウスの思惑「まずアカイア軍に武装させる」は成就した。恐らくはそれを知らないヘーレーは、アカイア軍のためを思ってアテーナーを送り、人々の帰国を止めたが、それが返ってゼウスの思い通りになったのだった。

459:455行から483行目まで、アカイア軍の進軍の様子がいろいろな比喩を用いて述べられる。文頭のtownについては、PerseusのAllen Rogers Bennerのコメンタリーにこの箇所が載ってるのを見つけた。459行目のtownはこの語の繰り返しとあり、459のtownは更に474行目のtousを取るとのThomas D. Seymourのコメントもある。いずれもアカイア軍の説明を導き出すためにある。

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2・369~393 集会(5)アガメムノーンの鼓舞

378:Kirkの注釈(Cambridge Univ)にもあるが、ここでアガメムノーンはアキレウスとの口論に関して、自分が先に暴言を吐いた事を認めている。しかし、それもゼウスが自分に与えた苦悩だとしている。

379:人々に「ゼウスが策略を仕掛け、私に名を汚して戻れと命じた(114行目)」と言ったアガメムノーンだが、その後のオデュッセウスの蛇の話と、ネストールの出帆時の落雷がゼウスの吉兆であるとの説得に続いて、その本心がやっと語られ、ここに114行目の話は試しであったことが明かされた。

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2・278~368 集会(4)オデュッセウスとネストールの演説

278:王笏を手にしてオデュッセウスは立ち上がっている。テルシーテースを懲らしめてから後、どこかに腰を下ろしたわけではないが、これは話を始めようとする人物にスポットライトを当てるような聴衆の注意を向ける効果を狙って、発言の際に「立ち上がった」としている。

305:祭壇(bowmous)が複数になっている。「泉のまわりにぐるりと(amfi peri kreeneen)」という表現から、祭壇が複数あった(呉訳では「両側に」とamfiを解釈している)ようである。イーリアス内では、この語は単数でも「祭壇」の意味で使用されている。

311:蛇に飲まれた9羽の鳥はこの戦争が9年続くことを暗示しているわけだが、「9」という数字は「12」と並んでイーリアス中に出所が多い。疫病が9日間襲った(1書53行)とか、先にも取り上げた9人の伝令(2書96行)、アキレウスはパトロクロスの屍に9年を経た薬を塗り(18書351行)、ヘーパイストスはその昔テティスとエウリュノメーの元に9年間を過ごし(18書400行)、9日間神々に口論が巻き起こった(24書108行)。なにか「9」という数字で一単位になる感じがある。

350:ネストールは、300行以降のオデュッセウスの話とは別の吉兆を語る。右側は幸運の方角であり、24書314行目でプリアモスがアカイア軍の陣屋へ赴く際にも、鳥占いで鳥が右手を横切って幸運の約束がなされるシーンがある。

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2・211~277 集会(3)非難するテルシーテース

216:aischistos aneer「もっとも醜悪な(者である)」、hupo Ilion eelthe「イーリオスの元にやって来た(者のうち)」、関係代名詞を使わず、二句をdeでつなぐだけという古典ギリシア語の合理性がみえる。ちなみに現代ギリシア語訳「イーリアス」のこの箇所は、文頭にbe動詞がきて、従属部分にちゃんと関係代名詞がつけられていた。それにしてもテルシーテースは徹底的に良いところなしに描かれている。一種の悪役に近い役回りであろうが、それでも後世、イーリアスには無かった立派な家系を授けられる辺り、庶民でありながら誰もが恐れる最高権力者に意見を述べたという行為が、時代の流れによって聴衆に受け入れられたのだろう。

225:人々を引き止めたのはオデュッセウスだが、テルシーテースはアガメムノーンが引止めを支持したとして非難を述べる。はじめに帰還を促したのはアガメムノーンではあるが、オデュッセウスに発言を許す笏杖を渡したところから、オデュッセウスによる人々への呼びかけはアガメムノーンの意向であるとされている。テルシーテースは逃げないことが臆病だと言っているが、あまのじゃく的に総大将の意向に逆らうように人々を扇動するのが主旨である。

270:注釈書には、人々が悲しんでいた(achnumenoi)のは、帰還が取り止めになったからではないかとある。この語の解釈なしにこの行は訳せないが、説明を付ければ長くなるため、呉訳の「片腹痛く思いながら」は端的とは言いがたいものの、詩としての形を崩すことなくこの語を取り込んでいる邦訳であると言える。ただ、それではギリシア語原文と意味にズレが生じる。やはり原典を読む以外、イーリアスの内容を忠実に知るのは難しい。

272:人々はテルシーテースを嘲り、オデュッセウスを支持する。王を非難するということは、秩序を乱す悪いことであるという道徳観を示す箇所である。古代よりホメーロスが教科書として読まれてきたというのもこういうところが尊ばれたのだろう。

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2・142~210 集会(2)オデュッセウス、人々を説得する

143:hosoi(多くの人々)は男性複数主格であるが、直前の女性名詞pleethun(群衆)の説明をしている。群衆とは人々の集まりなので、男性形で良いわけである。

169:ヘーレーに人々を引き止めるよう言い付けられたアテーナーが起こした行動は、アカイア軍で一番発言力・説得力のある人物オデュッセウスを使ってその命令を果たすことであった。知恵の女神から生まれたアテーナーが、知恵者のオデュッセウスをひいきにしていたせいもあるだろう。それにしても75行目でアガメムノーンがereetuein(引き止めるように)と、閣僚たちに頼んでおいたにもかかわらず、この段階で引き止めは行われていない。注釈書ではどうも、オデュッセウスは先の長老会議に出席したとして、智謀のオデュッセウスですら衝撃を受けてこれほどの体たらくだったのだから、他のメンバーはさもあろうという解釈のようだ。この後オデュッセウス・ネストールの有能な補佐がカバーしたお陰で、結果的にその目的は遂げられたものの、しかし危うくこれはアガメムノーンの作戦ミスに終わるところであった。この一時的に思惑はずれに向かうかに思えるシーンも、実は聴衆を惹きつける詩人の腕の見せ所だったのであろうか。

182:アテーナーの命令に応じ、行動を起こす象徴としてオデュッセウスは上着を脱ぎ捨てた。170行目で気落ちして佇んでいた(estaota)ところから、一挙に意欲に満ちたあざやかな転換となる。

188:オデュッセウスのこの、相手の身分によって全然違う態度は、古代ギリシア人たちの価値観が反映されているためである。この時代の人々は、優れた者は他に超えて善く、アリストイ(貴族たち)が庶民に劣る部分はない、と考えている。身分によって人物の風体イメージも大きく左右され、身分が高い=立派な体格=美しい=善い、と見た目が内面を象徴するように描かれているから、イーリアスに登場する英雄たちはまるで大男ぞろいで、中肉中背のヤツなんかいないということになってしまっている。現代からしたら不自然な気がするだろうが、これがイーリアス世界を創造する古代ギリシア人の美意識なのだ。そこを理解していないと、ここでのオデュッセウスを誤解しかねない。身分の違いはこの世界では決定的で、これほど扱いが違う。第22書477行以降のアンドロマケーのセリフに、ヘクトールという父親の後ろ盾をなくした我が子アステュアナクスの行く末を案じたものがある。身分が変わるとここまで冷遇を受ける。

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2・84~141 集会(1)集結時の喧騒・アガメムノーンの発言

84:ここのアオリスト分詞fowneesas(話すと)の主語は、直前のセリフがネストールのものなので、ネストールでいいのだろう。ただ王たちを束ねる者(poimeni laown)という形容は、アガメムノーンの方がふさわしく、またネストールに使われるケースは少ない。

87:50行目でアガメムノーンが命じた全軍の集結は、まだ完了しておらず、閣僚打ち合わせを挟んで場面は再び集結に駆けつける群衆を描写する。比喩を導き出す語eeute(~のように)以降、90行目までの動詞はいずれも現在形・現在完了形、たとえ話に用いられる現在形である。93行目の「噂」は、アガメムノーンの号令を伝令たちが伝えている様子を表現している(Kirkの注釈による)。人々はアガメムノーンの命に従い、ゼウスの神意で集まった。

96:ここで伝令が9人出てくる。登場する人物が9人いるというのは、イーリアスの中では、第8書253行目9人の勇者の登場、第24書252行目プリアモスは9人の息子を呼ぶ、などがある。伝令9名の名前は明らかではなく、「9」と言う数字により伝令がそれなりの人数居たということを意味するのであろう。

100:伝令たちはdiotrefeown basileeown(ゼウスに養われた王侯たち)の言葉を聴くようにと人々を鎮めたが、ここで笏杖を持って発言するのは代表のアガメムノーン一人である。anaが上方へすっくと立った様子を表し、esteeを効果的に修飾している。また、ここに出てきた笏の来歴は《由緒あるもの》の確認と思われる。来歴に登場する人物たちは、後世のさまざまな物語で劇的に描かれるが、ペロプス以下アガメムノーンまでの血縁関係に関しては聴衆が既知として、ここでは特にその関係について触れていない。Kirkの注釈(Cambridge Univ)参照。

123:eiは同行のetheloimen(欲するならば)のみならず、127行目までの動詞、easin(居たとして)、diakosmeetheimen(並んだとしたなら)、eloimetha(選び出したとしたら)にかかる。ちょっと長い前文であるが、124行目amfwの説明として125-126行があると考えれば、まとめやすい。

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2・48~83 全体集会前の閣僚打合せ

50:ここでアガメムノーンが伝令により召集を命じたのは、アカイア軍全軍である。一方、総会を始める前に彼はまず、megathumown gerontown(大いなる気性の老人たち)の会議を設定する。この「老人たち」とは文字通りではなく、遠征軍の一握りの実力者や経験豊富な者たちのことではないだろうか。また会議に出席したのはネストール以外は不明であり、人数もわからない。イードメネウスくらいは参加していたろうか?少なくともオデュッセウスはここではメンバーではなかったように思えるのだが(2書169行参照)。これとは別の召集における7人の長老たちの名が、2書404行以降に上げられている。

60:初めにゼウスがオネイロス神に命じ、それをオネイロス神がアガメムノーンに伝えたことを、三度目アガメムノーンがここで同じ話をする。三度紹介すること自体に意味があるかはわからないが、場面が変わりながらゼウスの命令が伝えられていくのがわかる。ヘーレーの作り話は、オネイロス神がネストールの姿を借りたのと同様に、いかにもそれをしそうなアカイア軍の味方の神の名を出して信用させようとしているのだろう。

70:56行目で「夢がやって来た」と言っていたので、ここのo、eipown、apoptamenosはいづれもオネイロス神である。この行は33行目の繰り返しであるが、後に続く「眠りが去った後でも忘れるな」の部分を繰り返しておらず、ここではただ「甘い眠りが去った」とだけ言っている。

72:この行の「とにかく皆に武具を着けさせよう」というのが、この後出される軍の指揮のテストの目的のようである。このテストのことは各注釈書にも色々と書かれているが、それによると he themis esti(慣習である)の言葉通り、民衆の意向を試すことは通常行われていたらしい。わざと正反対のことをアガメムノーンが勧め、他の参謀たちが周りで引き止めることになっていたが、殆どの者がそうしなかった。

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2・1~47 ゼウス、夢の神を送る

3:ここのwsは、kenを伴わないで次行の接続詞timeesei(讃える)を目的節にとる。「アキレウスを(どのようにして)讃えようかと」

19:「眠り」にはambrosios(かぐわしい、甘い香りの)という形容詞が使われる。観念的な心地良さというものに対して、まるで実在しているかの如き五感になぞらえた表現である。このようにギリシア人は直接的な表現を好む。不思議と理解しやすいものである。注釈書によればambrosios(不滅の)の語源はbrotos(死ぬべき者)と関連があるらしい。「眠り」は人の活動を停止させる、「死」に非常に近いものと考えられ、神話においては眠りの神ヒュプノスと死の神タナトスは双子の兄弟である。(16書671行参照)

20:オネイロス神は老ネストールの姿を借りてアガメムノーンの夢枕に立ったわけだが、Kirk(Cambridge Univ)の注釈の通り、それはアガメムノーンに信じ込ませるのを目的に、彼が軍中で一番信頼するネストールの姿を利用したものである。また「(あなたにとって)自分はゼウスの使いとなる」というセリフ(26行目)でその正体をほのめかしている。

37:ここの指示代名詞Oは、アガメムノーンを示す男性単数主格で、動詞FEEの主語のようである。

42:アガメムノーンの身支度の様子が描写されているが、これらの服装は、物語の時代のものであることはあまりなく、「イーリアス」そのものが作られ、語られた当時のものであることが少なくない。Kirk(Cambridge Univ)の注釈はここで帯びるアガメムノーンの剣がミュケーナイ時代のものであることを示唆している。このような時代の違えた物の描写は服装に限らず、さまざまな道具においてもみられる。

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