第3書 誓約、城壁よりの物見、パリスとメネラーオスの一騎打

3・383~461 一騎打ちの顛末

389:この行は、その前二行にわたって老婆の説明が入ってしまったため、386行をもう一度言い直している。行頭のteei(指示代名詞女性単数与格)は、386行の行頭greei(老婆)と一致する。388行の指示代名詞minに関して、各注釈書とも老婆を指すとし、malista de min fileeske「とりわけ彼女(ヘレネー)が彼女(老婆)と親しくしている」となる。

395:この時ヘレネーが胸中に掻き立たせたthumonについて、WillcockおよびWalter Leafのコメンタリーは「怒り」であるとしたが、Kirkの注釈書(Cambridge Univ)は前者二つを否定して、アプロディーテーによって引き起こされたパリスへの恋慕としている。前行までのアプロディーテーの言葉からもその方が自然であろう。ヘレネーが怒ったのは、396行目でのアプロディーテーの存在に気づいたからのように思える。

398:副詞ekは、自分の口から声が発せられたことを表現している。

399:ホメーロス時代の人々は、自分の意思や感情を人間の思い通りにならないものとし、恐怖や怒りのような我を忘れた行為は、神などが人間に与えたものであると考えた(岩波新書「ホメーロスの英雄叙事詩」高津春繁著、”九 英雄の世界”参照)。この行でのヘレネーの言葉で、ヘレネーがパリスに付いてトロイアへ来たのはアプロディーテーの意向であったことがわかる。だからこそ3書164行でプリアモスが「この戦争の責任はヘレネーには無い」と言うのである。勝利がメネラーオスのものとなった今、ヘレネーをパリスの元へ行かせようとするのは条約違反である。アプロディーテーの思惑に従いパリスの元へ行った場合、ヘレネーはトロイア女性たちからそのことを責められるわけである(Kirkの注釈書(Cambridge Univ)参照)。だが、ゼウスがこの一騎打ちに関する誓約をはじめから容認してなかった。アプロディーテーはそれを知っていたと思える。

424: Thomas D. Seymourのコメンタリー によると、アプロディーテーが持ってきたdifrosという椅子は背もたれの無いタイプのものである。

427:ヘレネーがパリスから目をそらしている理由は、Kirkの注釈書(Cambridge Univ)によれば、アプロディーテーが390行以降で彼の美しさを語り、誘いかけたことへの抵抗、あるいは複雑な心境を表現しているとある。

441:死を免れたばかりのパリスは妻への恋心で心を満たす。これは死からの脱却を意味し、食欲と性欲はともに生きていることの象徴である。パトロクロスが討ち死にしてからのアキレウスも食事をとらず、心配したテティスが24書128行目で食事をすることと女性と寝ることを勧めるかのような箇所がある。

445:クラナエー島の所在は不明である。各注釈はスパルテーの南に位置するKythera島と推測している。現在ギリシアのラコニア県ギシオから歩いて渡れる陸続きの小島でクラナイ島というのがあるが、これは後世名づけられたようだ。(Willcock、Thomas D. SeymourWalter Leafのコメンタリー参照)

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3・340~382 一騎打ちはじまる

347:ここに出てくるaspida pantos’eiseen(四方に均整の取れた楯)は小型の丸い楯をいい、sakos(大型の長円形の楯)とは区別される。( Thomas D. Seymourのコメンタリー参照)

349:ornuto(彼は立ち上がった)というのは、メネラーオスは守勢のポジションでかがんでいて、持った槍と共に立ち上がった、とWillcockの注釈にある。

351:ここの関係代名詞hoは、直前の不定法tisasthai(復讐すること)の内容を説明するものであるようだ。

354:xeinodokon(宿主に対して)の宿主とはメネラーオスのことで、ヘレネーをパリスが略奪した当時、パリスはメネラーオスの館に客としてもてなされていた。13書627行目にも同様の記述がある。

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3・245~339 一騎打ちの準備と休戦の誓約

259:プリアモス王が身震いした(rigeesen)のは、息子パリスの安否を心配したからである。3書306行目も同様。(Thomas D. Seymourのコメンタリー参照)

276:ギリシアにおけるオリュンポス同様、ゼウスはトロイアではイーデー山を拠点としている。Willcockの注釈書によれば、ゼウスは天候神として山の頂上と関わりをもつという。

278:太陽・河・大地の次に並び称されるhoiは冥王ハーデースと妃ペルセポネーである。(Willcock他、Thomas D. SeymourAllen Rogers Bennerのコメンタリー参照)

302:298行目の誓いをゼウスは承諾しない。4書70行目でこの誓いをゼウスがアテーネーに命令して破らせる。

315:一騎打ちの前に場所を測るのは、一定の範囲を定め、それを越えると敗走したとみなされた。(Allen Rogers Bennerのコメンタリー参照)

316:籤とは小石か木片にマークを付けたものと各注釈書にある(Thomas D. Seymour, Willcock参照)。

333:パリスはメネラーオスとの一騎打ちに際して、異母兄弟リュカーオーンの胸当てを着用する。Allen Rogers Bennerによると、恐らく決闘が予想外だったので持って来ていなかったのではないか、とある。自分のは家の中にあった(6-322参照)。剣を吊るすための帯は右肩から(左腰へ)、楯は左肩から掛けられた(Allen Rogers Bennerのコメンタリー参照)。一方のメネラーオスは始めから鎧を着ている(3書29行目参照)。

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3・121~244 塔からの物見

121:イーリスはヘレネーを呼び出し、彼女に故郷や家族への懐古を呼び覚ました。この呼び出しで明らかにされるのは、イーリオス内でのヘレネーの周囲の様子や、彼女に優しく接するプリアモス王の態度。そしてヘレネーの嘆きに満ちた心境である。神々の都合によって右にも左にも大きく運命を変えられる、神からすればまるで手駒の様な存在のヘレネーだが、それだけに彼女の故郷を懐かしく思う心や、いまだ血を分けた兄弟の死を知らないでいることが聴衆の哀れを誘ったであろう。

141:女性たちは慣例として、直接の関係でない男性らの面前に赴く時、ベールを被った。( Thomas D. Seymourのコメンタリー より)

146:hoi amfi Priamon(プリアモスを囲む人々)以下、hoiで示された人々がプリアモスと同じ対格になっているが、主格として解釈されると各注釈にある。( Walter Leaf , Allen Rogers Bennerのコメンタリー など参照)

159:トロイアの長老たちは密かにヘレネー返還の意見を口にしているが、プリアモスは164行目の言葉でもわかるように、それを望んではいない。ヘレネー返還案は賢人アンテーノールが7書347行ではっきりと提示し、パリスと対立するが、王であるプリアモスがパリスの意見を尊重したため却下される。これによりプリアモスの決定には、長老たちも逆らえないことは明らかである。また例によって、こういったうがった意見は無視される。

164:イーリアスではプリアモスが言うように、この戦争の責任はヘレネーには無いと考えられている。3書399行のヘレネーの台詞でも、ヘレネーがトロイアへ来たのはアプロディーテーの意向であることがほのめかされている。

172:女神と見まごうほどの美女ヘレネーだが、この謙虚な言葉から、詩人は彼女を決して憎むべき存在ではない、ただ悲運に翻弄されたかわいそうな女性と描いている。176行目は特に彼女の複雑な立場と心境を如実に表している。

207:最近はそれほどでもないとも聞くが、フィロクセニア(外国人歓待)の精神は、この時代から現代ギリシアまでギリシア人の中に連綿と受け継がれてきた。fila(親しい)、xenia(外国人)、つまり他国者を手厚くもてなし、帰りには土産も持たせて略奪による被害を防ぐ。お互いにそのようなもてなしを繰り返し同盟関係を深めるという、なかなか平和的な習慣である。戦争を始める以前、メネラーオスとオデュッセウスがアカイア軍の使節としてイーリオスを訪れた時、ヘレネー返還により戦争を回避したいと考えているアンテーノールは、まずはこの方策を取り、彼らを歓待した。その際、持たれたトロイエー人らの会議の中でパリスに買収されたアンティマコスの話が11書122および138行に出てくる。そういった経緯があるのにプリアモスがオデュッセウスを知らなかった問題を、 Thomas D. Seymourのコメンタリー では指摘している。

217:笏杖の役割は、会議の場などで発言を許される者であること(2書185行)、そして掟を守る象徴( 1書233行)である。話し手はその笏杖を、話の強調部分を聴衆にアピールするため振り回すのが普通らしい。しかしオデュッセウスは、このトロイア人たちの交渉の場でそのようにはしていない。220行目のfaiees(と思う)は二人称だが、主語は不明確であると Allen Rogers Bennerのコメンタリー にある。

222:epea nifadessin eoikota(雪に思えるような言葉)とはいかなるものなのか、どのコメントを参照しても今ひとつはっきりしない。ただこのように言葉を浴びせかけるオデュッセウスには誰も対抗できないというところから、それは非常に説得力をもつ言葉を彼が発したと解釈できる。

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3・76~120 一騎打ちの申し入れ

78:ヘクトールは、手にした槍を両手で水平に持って、トロイア軍の戦列を引き止めている。(WillcockおよびWalter Leafのコメンタリーによる)

95:単数与格siwpee「静寂」は与格で副詞句となる。ここでもそうだがよく副詞akeenとともに使用される。

103:ここで犠牲は、ゲーとヘーリオスとゼウスへの三頭用意されることになった。Willcockや Thomas D. Seymourの注釈によると、黒色は大地・冥界の色で白色は太陽・オリュンポス山の色、また雌は男神に捧げられ、雄は女神に捧げられたとある。さらに Allen Rogers Bennerの注釈に、地元であるトロイア軍は大地と太陽に、よそ者であるアカイア軍はゼウスに捧げるとある。

105: axete de Priamoio bieen(プリアモスの力を連れて来て下さい)とは、「プリアモスを連れて来て下さい」の回りくどい言い方。(Willcockの注釈による)

109:いずれの注釈もここのoisはイレギュラーな用途としている。「それ(若者の思慮)に老人が介入すると」oisに掛けられた名詞は前行のfrenes(思慮)である。何にしろ若者(例えばパリス)より老人(例えばプリアモス)の方が良いということである。

113:この行にあるhippousは馬だけでなく戦車も含まれている。この時代はまだ乗馬の技術は無く、馬は馬車や戦車を引くためだけに使われていたので、この戦場で馬といえば戦車ぐるみを指した。副詞ekはその戦車から人々が離れて降りた様子を表現している。(Kirkの注釈書(Cambridge Univ)による)

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3・15~75 ヘクトールに叱咤されるパリスの決断

16:ここでようやくこの戦の元凶パリスことアレクサンドロスの名前が登場する。パリスはこの段階ではまだ鎧を着ていない。弓の腕で有名な彼だが、このイーリアスでは通常、豹皮をまとった姿は戦闘用ではない。また弓、剣、二本の槍と、様々な武器を持っているが、この点もKirkの注釈(Cambridge Univ)など、弓と槍とを同時に所持する矛盾を指摘している。

35:この行のmin(彼を)は、pareias(頬を)と同格関係にあると Thomas D. Seymourのコメンタリーにある。彼=(彼の)頬、「蒼白さが彼(彼の頬)を捕らえた」でいいだろう。

58:パリスは一時、恐怖に捕らわれるが、長兄ヘクトールから厳しい叱咤激励を受け、メネラーオスとの一騎打ちに望む決心を固める。イーリアスに登場する人間たちは、常にこのように心を迷わせる。不安定な心を克服し、理想とする本質を取り戻すことが、特に王侯の身分の者には重要である。これについては、高津春繁著「ホメーロスの英雄叙事詩(岩波新書)」九・英雄の世界に詳しく書かれているが、どんなに血迷ったとしても最終的に改めさえすれば、その人の名誉は損なわれない。迷いは神が人間に与えたものであり、それについて人間に責任はないと考えられていたとある。

59:6書333行目に同じ。kataとhyuperは相反する意味を持つ。kata aisan「運命に従って」つまり「正当な」。hyuper aisan「運命を超えて」つまり「不当な」。

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3・1~14 進軍する両軍

3:ouranothi proは「天空の前」、地上から空を見たときの「天空の前」であるから、つまりは「空の下」という意味のようだ。-thiという接尾辞は場所を表す(所格)。

8:アカイア軍が沈黙して行進するのに比べて、トロイア軍は騒がしい。Kirkの注釈(Cambridge Univ)では4書428行-436行を参照としている。アカイア軍の統率のとれた進軍に対して、異国の連合軍であるトロイア軍とが対象的に描かれる。

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